文京つつじまつりで知られ、社殿は綱吉の「天下普請」 六代綱豊ゆかり
[住所]東京都文京区根津1-28-9
[電話]03-3822-0753
根津神社(ねづじんじゃ)は、東京都文京区根津にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。300円。
準勅祭社に指定され、近代社格では府社、現在はそれがもととなって成立した東京十社の一社。古くは「根津権現」とも。
日本武尊が1900年近く前に千駄木に創祀したと伝える古社。
境内はツツジの名所として知られ、森鴎外や夏目漱石といった日本を代表する文豪が近辺に住居を構えていたこともあり、これらの文豪にちなんだ旧跡も残されている。
主祭神は、須佐之男命、大山咋命、誉田別命。相殿神が大国主命、菅原道真公。
文明年間(1469-1486年)には太田道灌により社殿が造られた。
万治年間(1658-1661年)に同所が太田氏の屋敷地となったため東方に移り、のちさらに団子坂上(現文京区立本郷図書館周辺、元根津)に遷座した。
宝永2年(1705年)江戸幕府第五代将軍徳川綱吉が兄綱重の子・綱豊(甲府藩主。のちの第六代将軍家宣)を養嗣子に定めた。
綱豊が江戸城に移ると、当社が家宣の産土神とされていたことから、綱豊の屋敷地(旧甲府藩邸、現在地)を当社に献納して普請を開始。
「天下普請」と言われる大工事で、社殿は宝永3年(1706年)に完成し、同年遷座した。
権現造(本殿、幣殿、拝殿を構造的に一体に造る)の傑作とされ、社殿七棟が国の重要文化財に指定されている。『江戸名所図会』にも記載がある。
「根津権現」の称は明治初期の神仏分離の際に「権現」の称が一時期禁止されたために衰退したが、地元では現在も使われる場合がある。
単に「権現様」とも称される。文学作品では「根津権現」として出てくることが多い。
東京大学の移転にともない、門前に形成されていた根津遊郭は廃され、江東区の州崎遊郭へと移転した。
境内には「徳川家宣胞衣塚」として、6代将軍徳川家宣の胞衣(胎児を包んだ膜と胎盤)を埋めた塚がある。
当地が甲府藩邸であった時に家宣が生まれたことに由来する。そのほか、境内には六代家宣公の産湯井戸(非公開)や庚申塔などがある。
また、塞大神碑として、本郷追分(東大農学部前の中山道・日光御成街道分岐路)に祀られていた道祖神が立っている。
境内のつつじは、徳川綱重が屋敷の庭に植えたことに始まる。毎年4-5月、文京花の五大まつりの一つ、文京つつじまつりが開催される。
毎年9月の例大祭は天下祭(江戸の代表的な祭礼)の一つに数えられている。
相殿神の菅原道真は、『天満宮御伝記略』において、「根津権現境内」として御内府及び御内府近辺二十五天神の一つに数えられている。いわゆる江戸二十五天神の一社。
【ご利益】
厄除、家内安全、交通安全、病気平癒、心願成就、安産など(公式HP)

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[電話]03-3822-0753
根津神社(ねづじんじゃ)は、東京都文京区根津にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。300円。
準勅祭社に指定され、近代社格では府社、現在はそれがもととなって成立した東京十社の一社。古くは「根津権現」とも。
日本武尊が1900年近く前に千駄木に創祀したと伝える古社。
境内はツツジの名所として知られ、森鴎外や夏目漱石といった日本を代表する文豪が近辺に住居を構えていたこともあり、これらの文豪にちなんだ旧跡も残されている。
主祭神は、須佐之男命、大山咋命、誉田別命。相殿神が大国主命、菅原道真公。
文明年間(1469-1486年)には太田道灌により社殿が造られた。
万治年間(1658-1661年)に同所が太田氏の屋敷地となったため東方に移り、のちさらに団子坂上(現文京区立本郷図書館周辺、元根津)に遷座した。
宝永2年(1705年)江戸幕府第五代将軍徳川綱吉が兄綱重の子・綱豊(甲府藩主。のちの第六代将軍家宣)を養嗣子に定めた。
綱豊が江戸城に移ると、当社が家宣の産土神とされていたことから、綱豊の屋敷地(旧甲府藩邸、現在地)を当社に献納して普請を開始。
「天下普請」と言われる大工事で、社殿は宝永3年(1706年)に完成し、同年遷座した。
権現造(本殿、幣殿、拝殿を構造的に一体に造る)の傑作とされ、社殿七棟が国の重要文化財に指定されている。『江戸名所図会』にも記載がある。
「根津権現」の称は明治初期の神仏分離の際に「権現」の称が一時期禁止されたために衰退したが、地元では現在も使われる場合がある。
単に「権現様」とも称される。文学作品では「根津権現」として出てくることが多い。
東京大学の移転にともない、門前に形成されていた根津遊郭は廃され、江東区の州崎遊郭へと移転した。
境内には「徳川家宣胞衣塚」として、6代将軍徳川家宣の胞衣(胎児を包んだ膜と胎盤)を埋めた塚がある。
当地が甲府藩邸であった時に家宣が生まれたことに由来する。そのほか、境内には六代家宣公の産湯井戸(非公開)や庚申塔などがある。
また、塞大神碑として、本郷追分(東大農学部前の中山道・日光御成街道分岐路)に祀られていた道祖神が立っている。
境内のつつじは、徳川綱重が屋敷の庭に植えたことに始まる。毎年4-5月、文京花の五大まつりの一つ、文京つつじまつりが開催される。
毎年9月の例大祭は天下祭(江戸の代表的な祭礼)の一つに数えられている。
相殿神の菅原道真は、『天満宮御伝記略』において、「根津権現境内」として御内府及び御内府近辺二十五天神の一つに数えられている。いわゆる江戸二十五天神の一社。
【ご利益】
厄除、家内安全、交通安全、病気平癒、心願成就、安産など(公式HP)

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