伊勢の内宮と外宮、造化の三神、神宮立役者を祀る縁結びパワースポット
[住所]東京都千代田区富士見2-4-1
[電話]03-3262-3566
東京大神宮(とうきょうだいじんぐう)は、東京都千代田区富士見にある神社。現在は神社本庁の別表神社。東京五社かつ新・東京五社の一社。
主祭神は伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)に相当する、天照皇大神、豊受大神で、相殿神は天之御中主神、高御産巣日神、神御産巣日神、倭比売命を祀る。
後述するように、伊勢神宮とゆかりが深い。また、造化の三神を祀っているのも特徴。
特に後者のタカミムスヒノカミやカミムスヒノカミの「ムスヒ」つまり「結び」を重視した由緒が境内に掲示されている。ヤマトヒメは伊勢神宮創設の立役者。
明治5年(1872年)に開設された神宮司庁東京出張所(伊勢神宮の事務機関である神宮司庁と東京の教部省との連絡のための出張所)、および、翌年その構内に開設された東京神宮教会(伊勢の神宮の教導機関である神宮教院の東京支部)の両所にあった神殿を継承。
明治13年(1880年)4月17日、有楽町の大隈重信邸跡に落成した皇大神宮遙拝殿が当社の起源。
明治15年(1882年)1月、明治政府の方針転換により神社と宗教活動は分離することとなり、伊勢神宮でも神宮司庁と神宮教院を分離することになった。
皇大神宮遙拝殿は神宮教院に属することとなり、同年5月、神宮教院が神道神宮派に改称する際に、当社も大神宮祠と改称した。
一般には、所在地名から日比谷大神宮と呼ばれた。明治32年(1899年)神道神宮派が解散して新たに神宮奉斎会が作られ、当社は神宮奉斎会本院と改称し、神宮奉斎会の本部機関となった。
なお、三重県宇治山田市(現 伊勢市)には神宮教院大本部が置かれていた。
神宮奉斎会国礼修業部は嘉仁親王と節子妃の結婚の儀(明治33年(1900年)5月10日)を基本にして神前結婚の儀式を創設し、翌明治34年(1901年)3月3日、当社において模擬結婚式を開催した。
その後改良を加えた神前結婚式のスタイルが奉斎会各県本部・各支部によって全国に広められ、定着。今日「神前式」として行われている結婚式の起源となった。
時期的には、出雲大社東京分祠の方が早い、との見解もある。
大正12年(1923年)の関東大震災で社殿を焼失し、昭和3年(1928年)、現在地に再建・遷座して、以降は飯田橋大神宮と呼ばれるようになった。
上述のように、第二次大戦以前は神社という形ではなかったので、社格の指定はない。
第二次世界大戦後の昭和21年(1946年)4月、宗教法人東京大神宮として再発足した。
現在は「神前式」の元祖として、また伊勢の神宮ではあまり見られない造化の三神による「結び」効果を前面に出し、毎日多くの女性を中心とした参拝客があり、都内有数の縁結びのパワースポットとなっている。
「神宮」と名が付くが、戦後になってからの再発足の神社であり、一般に神宮号の神社とはみなされない。
【ご利益】
「神前式」の元祖。縁結び、恋愛運など(公式HP)

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[電話]03-3262-3566
東京大神宮(とうきょうだいじんぐう)は、東京都千代田区富士見にある神社。現在は神社本庁の別表神社。東京五社かつ新・東京五社の一社。
主祭神は伊勢の神宮(伊勢神宮)の皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)に相当する、天照皇大神、豊受大神で、相殿神は天之御中主神、高御産巣日神、神御産巣日神、倭比売命を祀る。
後述するように、伊勢神宮とゆかりが深い。また、造化の三神を祀っているのも特徴。
特に後者のタカミムスヒノカミやカミムスヒノカミの「ムスヒ」つまり「結び」を重視した由緒が境内に掲示されている。ヤマトヒメは伊勢神宮創設の立役者。
明治5年(1872年)に開設された神宮司庁東京出張所(伊勢神宮の事務機関である神宮司庁と東京の教部省との連絡のための出張所)、および、翌年その構内に開設された東京神宮教会(伊勢の神宮の教導機関である神宮教院の東京支部)の両所にあった神殿を継承。
明治13年(1880年)4月17日、有楽町の大隈重信邸跡に落成した皇大神宮遙拝殿が当社の起源。
明治15年(1882年)1月、明治政府の方針転換により神社と宗教活動は分離することとなり、伊勢神宮でも神宮司庁と神宮教院を分離することになった。
皇大神宮遙拝殿は神宮教院に属することとなり、同年5月、神宮教院が神道神宮派に改称する際に、当社も大神宮祠と改称した。
一般には、所在地名から日比谷大神宮と呼ばれた。明治32年(1899年)神道神宮派が解散して新たに神宮奉斎会が作られ、当社は神宮奉斎会本院と改称し、神宮奉斎会の本部機関となった。
なお、三重県宇治山田市(現 伊勢市)には神宮教院大本部が置かれていた。
神宮奉斎会国礼修業部は嘉仁親王と節子妃の結婚の儀(明治33年(1900年)5月10日)を基本にして神前結婚の儀式を創設し、翌明治34年(1901年)3月3日、当社において模擬結婚式を開催した。
その後改良を加えた神前結婚式のスタイルが奉斎会各県本部・各支部によって全国に広められ、定着。今日「神前式」として行われている結婚式の起源となった。
時期的には、出雲大社東京分祠の方が早い、との見解もある。
大正12年(1923年)の関東大震災で社殿を焼失し、昭和3年(1928年)、現在地に再建・遷座して、以降は飯田橋大神宮と呼ばれるようになった。
上述のように、第二次大戦以前は神社という形ではなかったので、社格の指定はない。
第二次世界大戦後の昭和21年(1946年)4月、宗教法人東京大神宮として再発足した。
現在は「神前式」の元祖として、また伊勢の神宮ではあまり見られない造化の三神による「結び」効果を前面に出し、毎日多くの女性を中心とした参拝客があり、都内有数の縁結びのパワースポットとなっている。
「神宮」と名が付くが、戦後になってからの再発足の神社であり、一般に神宮号の神社とはみなされない。
【ご利益】
「神前式」の元祖。縁結び、恋愛運など(公式HP)

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