神宮125社、内宮・別宮 大正年間に設立した初のヤマトヒメを祀る神社
[住所]三重県伊勢市楠部町5
[電話]0596-24-1111
倭姫宮(やまとひめのみや)は、三重県伊勢市楠部町にある神社。
伊勢の神宮(伊勢神宮)、神宮125社の一社で、皇大神宮(内宮)の別宮の一社。伊勢神宮125社めぐりの中で五十鈴川めぐりの一社。
御祭神は倭姫命(やまとひめのみこと)。倉田山に隣接する間の山(あいのやま)に尾上御陵と呼ばれる小さな古墳がある。
この尾上御陵をヤマトヒメの陵墓とする伝承にちなみ、御陵のある常明寺門前町が1868年(明治元年)に倭町(やまとまち)と改称。
宇治山田町民を中心に明治19年(1886年)に、民家から発生した火災の神宮への延焼を防止するなどを目的とする財団法人神苑会が結成された。
神苑の美観と清浄を確保するなどの活動を行い、倭姫命を祀る神社を創立すべきという声が高まった。
神苑会は明治24年(1891年)に外宮前に日本最古の産業博物館である神宮農業館を創設した。神宮農業館は明治38年(1905年)に倉田山に移築された。
明治天皇の行幸で神宮へ参拝するための道路の整備が問題とされ、自動車が通行できる道路が倉田山を経由して作られることになった。
この道路は明治43年(1910年)に竣工し、御幸通りと名付けられた。
明治44年(1911年)には神苑会による、ヴェルサイユ宮殿を模した前庭を持つ神宮徴古館が完成。神宮徴古館には貴賓室が設けられ、大正天皇などの休息に使用された。
市はヤマトヒメを祀る神社の創立の許可を大正元年(1912年)に国会に請願し、大正8年(1919年)に帝国議会で創立の予算が可決され、大正10年(1921年)1月4日には内宮の別宮としての創立が決定した。
明治15年(1882年)に内宮近くに創立された神宮皇學館(現 皇學館大学)が大正8年(1919年)に移転するなど、文教地区としての倉田山開発が進んだ。
内宮に準じた祭事が行なわれ、祈年祭、月次祭、神嘗祭、新嘗祭の諸祭には皇室からの幣帛がある。
社殿は内宮に準じ、内削ぎの千木と、偶数の6本の鰹木を持つ神明造で萱葺で、南面する。周囲には門のある瑞垣と玉垣が配される。
伊勢の神宮125社で御朱印が頂ける一社。
【ご利益】
満願成就、交通安全
皇大神宮(内宮)別宮
・序列1位 荒祭宮 (伊勢市宇治)
・序列2位 月讀宮 (伊勢市中村町)
・序列3位 月讀荒御魂宮 (伊勢市中村町)
・序列4位 伊佐奈岐宮 (伊勢市中村町)
・序列5位 伊佐奈弥宮 (伊勢市中村町)
・序列6位 瀧原宮 (度会郡大紀町)
・序列7位 瀧原竝宮 (度会郡大紀町)
・序列8位 伊雑宮 (志摩市磯部町)
・序列9位 風日祈宮 (伊勢市宇治)
・序列10位 倭姫宮 (伊勢市楠部町)
【関連記事】
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・『倭姫命世記』(28) - 後事を託してヤマトヒメ薨去、波乱万丈の皇女の物語、終焉
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[電話]0596-24-1111
倭姫宮(やまとひめのみや)は、三重県伊勢市楠部町にある神社。
伊勢の神宮(伊勢神宮)、神宮125社の一社で、皇大神宮(内宮)の別宮の一社。伊勢神宮125社めぐりの中で五十鈴川めぐりの一社。
御祭神は倭姫命(やまとひめのみこと)。倉田山に隣接する間の山(あいのやま)に尾上御陵と呼ばれる小さな古墳がある。
この尾上御陵をヤマトヒメの陵墓とする伝承にちなみ、御陵のある常明寺門前町が1868年(明治元年)に倭町(やまとまち)と改称。
宇治山田町民を中心に明治19年(1886年)に、民家から発生した火災の神宮への延焼を防止するなどを目的とする財団法人神苑会が結成された。
神苑の美観と清浄を確保するなどの活動を行い、倭姫命を祀る神社を創立すべきという声が高まった。
神苑会は明治24年(1891年)に外宮前に日本最古の産業博物館である神宮農業館を創設した。神宮農業館は明治38年(1905年)に倉田山に移築された。
明治天皇の行幸で神宮へ参拝するための道路の整備が問題とされ、自動車が通行できる道路が倉田山を経由して作られることになった。
この道路は明治43年(1910年)に竣工し、御幸通りと名付けられた。
明治44年(1911年)には神苑会による、ヴェルサイユ宮殿を模した前庭を持つ神宮徴古館が完成。神宮徴古館には貴賓室が設けられ、大正天皇などの休息に使用された。
市はヤマトヒメを祀る神社の創立の許可を大正元年(1912年)に国会に請願し、大正8年(1919年)に帝国議会で創立の予算が可決され、大正10年(1921年)1月4日には内宮の別宮としての創立が決定した。
明治15年(1882年)に内宮近くに創立された神宮皇學館(現 皇學館大学)が大正8年(1919年)に移転するなど、文教地区としての倉田山開発が進んだ。
内宮に準じた祭事が行なわれ、祈年祭、月次祭、神嘗祭、新嘗祭の諸祭には皇室からの幣帛がある。
社殿は内宮に準じ、内削ぎの千木と、偶数の6本の鰹木を持つ神明造で萱葺で、南面する。周囲には門のある瑞垣と玉垣が配される。
伊勢の神宮125社で御朱印が頂ける一社。
【ご利益】
満願成就、交通安全
皇大神宮(内宮)別宮
・序列1位 荒祭宮 (伊勢市宇治)
・序列2位 月讀宮 (伊勢市中村町)
・序列3位 月讀荒御魂宮 (伊勢市中村町)
・序列4位 伊佐奈岐宮 (伊勢市中村町)
・序列5位 伊佐奈弥宮 (伊勢市中村町)
・序列6位 瀧原宮 (度会郡大紀町)
・序列7位 瀧原竝宮 (度会郡大紀町)
・序列8位 伊雑宮 (志摩市磯部町)
・序列9位 風日祈宮 (伊勢市宇治)
・序列10位 倭姫宮 (伊勢市楠部町)
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