四道将軍ゆかりの古社、戦乱で荒廃も、江戸期から再興 古代神事も
小田井縣神社 - 豊岡観光協会
[住所]兵庫県豊岡市小田井町15-6
[電話]0796-22-2029

小田井縣神社(おだいあがたじんじゃ)は、兵庫県豊岡市小田井町にある神社。

『延喜式神名帳』にある「縣神社(但馬国・城崎郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では県社但馬五社の一社。

大昔、この豊岡附近一帯は泥湖で、湖水が氾濫して平地のないとき、来日岳のふもとを穿ち瀬戸の水門をきり開いて水を北の海に流し、水利を治めて農業を開発したのが、御祭神である國作大己貴命

第10代崇神天皇の御代、四道将軍の一人、丹羽道主命が國作大己貴命の偉徳を聞き、深くその功績をたたえ、天皇に奏上し、勅許を得てご神霊を鎮祭したと伝えられる。

なお、『古事記』では丹波方面の四道将軍は丹羽道主命の父で、第9代開化天皇の皇子であるヒコイマスになっている。

その後、代々の縣主が、この地方の開発と拓殖を進め、祭祀を営んだと伝えられる。

天正3年(1575年)、垣矢筑後守広秀が田結庄是義を攻めた野田合戦で、当社の森が放火され、社頭を焼き払われ、古文書、古器物は、この時ことごとく灰となったという。

御神霊は神輿で一日市に火難を避けられたといわれる。次いで羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が中国征伐の時、当社に陣を置き、神領を没収したために、祭祀が一時廃れる。

江戸期になって再興し、明治6年(1873年)には県社に列し、明治11年(1878年)に途絶えていた河内神事、矛立神事など古代の神事を復古。

昭和6年(1931年)に円山川治水工事のため現位置に移転し、昭和25年(1950年)には河内神事、矛立神事の式年大祭が斎行された。

現在は㯮椒神社などを兼務している。

【ご利益】
当地開拓の神。遠征成功による交通安全、戦乱からの復興に基づく再生の神
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