本居宣長四十四歳自画自賛像 - 古事記を変えた男の44歳自画像、「鈴屋衣」着て【大古事記展】
誤解なきよう、まずは原文を示しておきます。

「人の妻を犯すなど云事は、竹馬の童もあしき事とはしる事也。しかるにこの色欲は…やむにしのびぬふかき情欲のあるものなれば」(本居宣長『あしわけをぶね』宝暦2年(1752年)頃)

ほぼ現代語なので現代語訳は不要だと思います。記事タイトルの件、必ずしも的外れな、奇抜な、奇をてらった超訳ではないことをご理解いただいた上で。写真は、「本居宣長四十四歳自画自賛像」より。

本居 宣長(もとおり のりなが 享保15年5月7日(1730年6月21日)-享和元年9月29日(1801年11月5日))は、江戸時代の国学者・文献学者・医師。名は栄貞。通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。号は芝蘭、瞬庵、春庵。自宅の鈴屋(すずのや)にて門人を集め講義をしたことから鈴屋大人(すずのやのうし)と呼ばれた。また、荷田春満、賀茂真淵、平田篤胤とともに「国学の四大人(しうし)」の一人とされる。(Wikipedia

うーん、ものすごーく堅いイメージですね。コテコテの国粋主義者とも言われがちですが、一方で、冒頭のようなストレートな“愛欲”にも言及(杉田昌彦「宣長における恋」『文学』3・4月号(岩波書店、2009年3月))していたりします。

宣長といえばもちろん『古事記伝』。『古事記』を変えた男として知られており、その一事をもっても不朽の功績を歴史に残した偉大な人物。

宣長以前にも、古事記を重視する動きはいくつかみられたし、そうしたものがあったからこそ、宣長が明確に古事記を至高のものと位置づけ得た、とも言えますが、概して、宣長以前の古事記は、せいぜいが日本の古代史や神話に関するサブテキスト、倭語の参考書だったと言います。

『日本書紀』がどーんと立ちふさがっていたわけです。そして、その日本書紀は中国の正史を参考にして作られた、古代日本の律令体制を象徴する正史、つまり儒学です。

宣長が奔放だった、というよりは、コテコテのお堅い儒学に対する反発、というのがあったのかもしれません。儒学と国学、やはり相容れません。中国・朝鮮と日本、と単純に置き換えるのは問題なんでしょうが。

話しを戻して、古事記以外で、宣長の愛読書は何か? というか、その域を超えるほどの研究を残してはいますが、宣長が愛した古事記以外の日本の古典は何?

実は『源氏物語』です。世界的にも極めて稀な人類史上極めて早い段階の、自由奔放な恋愛を描いた、あまりにも有名な長編小説。

なぜ宣長は古事記のほか、源氏物語にも魅かれたのか。両書ともに共通するのは、見方によっては今でも十分通用するエロさ。。。は、ともかく、宣長自身、かなりハードな恋愛を経験しているようです。

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遊学中の都・京都で、ある娘に惚れて夢中になったが、残念なことにその娘は違う男と結婚してしまう。

おもいっきり失恋して失意のうちに帰郷した後、おそらくは親がセッティングした地元の娘と、ほとんど義務的に結婚。その日の日記は一行のみ、「結婚した」だけ。

その後しばらくして、都の憧れのあの娘の旦那が急死した、と伝わる。意を決して、結婚三カ月にして地元の娘と離婚、未亡人になっていた憧れのあの娘と再婚した。
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なんか今時のドラマでもありそうな展開ですが、今、もし本当にこんなことがあったら、それはそれでものすごく大変、というか、総じて、やっぱりありえないね、と言うのは、われわれ現代人にもよく分かること。

上のストーリー、決してドラマではなくほぼ実話、と考えられているようですが、その主人公はもちろん宣長です。江戸時代の話。それこそ古事記に描かれたラブストーリーの一節、あるは源氏物語を地で行ってしまっています。

ちなみに、宣長と古事記の出会いは、上記の京都遊学中のこと。寛永版刊本(印刷・出版された古事記)を京都でゲットしたそうです。

国学者、国粋主義者、ひどいものでは皇国史観の元凶という悪者にされる、極めて堅いイメージのある宣長。主著が『古事記伝』と見るからに堅い書名であることも影響しているでしょうか。

それが転じて、古事記そのもののイメージにも影響しているかもしれませんが、ともかく、宣長はお堅い頑固一徹の学者(という側面も確かにありますが)ではなく、やはり我々と同じ生身の人間だった、だからこそ古事記や源氏物語に共感した、そのベースがあったからこそ、古事記の研究に人生をかけ、歴史を画す大著をものにした、と考えた方が自然のようです。

ぶっちゃけて言えば、硬派では古事記は理解できないよ、ちょっと軟派なところがないと古事記は分からないよ、古事記は自由奔放だよ、気楽にね、ということを宣長は伝えてくれているのかもしれません(本サイトの勝手な解釈)。

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