今さら邪馬台国12 - 男王と聞いて、思わず反応した、説話の主人公であってあまり王とは思われないけど、皇統に連なる山幸彦
魏志倭人伝の、「1.距離方角」に掲載された倭の国々の一つで、その名称。「狗奴國」。

魏志倭人伝には下記の個所に登場します。

1.距離方角
・その南に狗奴国あり、男子が王で、は狗古智卑狗、女王に属さず

「3.最新情勢」
・倭の女王・卑弥呼と狗奴国の男王・卑弥弓呼、元より和せず。倭の載斯・烏越等を遣わして郡に詣り、相攻撃する状を説く。

前者に関しては、邪馬台国の説明があった後、「女王国以北はその道のりを簡単に記すことは可能だが、それ以外は遠く離れており、詳細は分からない」とした上で、20か国ほど初めて見られる国々が列挙され、最後に二度目の登場となる奴国が記述され、その後に出てくるものです。

「その南」はどの南なのか議論が分かれるところでもありますが、普通に読めば、邪馬台国の南、でしょうか。最後の奴国の南、とも取れますが、奴国までは完全に国々の列挙であり、ひと塊。改めて「その」と言うのであれば、それより前、つまり邪馬台国にかかっていると考えた方が自然なような気がします。

後者に関しては、「その八年(正始8年)、太守王頎官に到る」に続く文章として出てきます。初出でも「女王に属さず」と明記されていたので、長らくの仇敵同士だったかもしれませんが、女王・卑弥呼 VS 男王・卑弥弓呼の争いがこの「正始8年」、西暦247年を前後して激化したことが分かります。

そしてこの記述の後に、卑弥呼の死についての記述があります。卑弥呼の死が247年あるいはその翌年の248年に設定され、その死が狗奴国との抗争に関係しているかもしれない、と指摘される所以です。

一部には「狗奴国が分かれば邪馬台国が分かる」という主張もありますが、その位置に諸説あって、場所の特定には至っていません。

そもそも、以上のように、女王国と敵対関係にあったことは間違いなくとも、わずか二か所に簡素な記述を残すのみの国ですので、女王・女王国・卑弥呼の頻出度合いから考えても、女王国も探り出せないのに、狗奴国もないだろう、という話。

邪馬台国や女王国の正体が分かれば、自ずと位置が特定され、男王などの正体も判明してくるのかもしれません。