・掲載:『文』第一巻第十二号、明治21年(1888年)9月
第十六代仁徳天皇以前に600年の延長があることを中国と朝鮮の史書によって具体的に論じた。いわゆる紀年論。
第六代孝安天皇の「おしひと」という名が、『後漢書』において「倭国王帥升等」として記載され、『魏志』倭人伝の卑弥呼の死と墓の記載は、日本書紀に記載がある、殉死廃止機運を高めたヤマトヒコ(第十一代垂仁天皇の皇子)の逸話だとした。
また、倭女王は、倭奴王の誤りとし、女王を否定。遣使については、垂仁天皇の御世のタジマモリの逸話のことと比定、難升米はタジマモリが訛ったもの、と見た。
邪馬台国の所在地について直接的には触れていないが、大和朝廷になぞらえていることは間違いなく、その意味で、間接的に邪馬台国畿内説ということができる。
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・【邪馬台国論争】今までの研究・論争まとめ - 畿内説
第十六代仁徳天皇以前に600年の延長があることを中国と朝鮮の史書によって具体的に論じた。いわゆる紀年論。
第六代孝安天皇の「おしひと」という名が、『後漢書』において「倭国王帥升等」として記載され、『魏志』倭人伝の卑弥呼の死と墓の記載は、日本書紀に記載がある、殉死廃止機運を高めたヤマトヒコ(第十一代垂仁天皇の皇子)の逸話だとした。
また、倭女王は、倭奴王の誤りとし、女王を否定。遣使については、垂仁天皇の御世のタジマモリの逸話のことと比定、難升米はタジマモリが訛ったもの、と見た。
邪馬台国の所在地について直接的には触れていないが、大和朝廷になぞらえていることは間違いなく、その意味で、間接的に邪馬台国畿内説ということができる。
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