・刊行:1942
・著者:山田孝雄
・出版:畝傍書房

・『国学の本義 (1942年)』をアマゾンで購入

山田 孝雄(やまだ よしお、1873年(明治6年)5月10日(実際には1875年(明治8年)8月20日) - 1958年(昭和33年)11月20日)は、日本の国語学者。独学の人として知られる。「契沖、真淵、宣長以来の国学の伝統に連なる最後の国学者」とも評される。

1922年、「狗奴国考」(考古学雑誌)を著し、「魏使は伊都国にとどまり、伊都国以降の記述は伝聞」とする説を唱えた。

方位については、筆者が倭国の地勢をどのように理解していたか、つまり魏志倭人伝における地理観に対して初めて本格的に問題を提起し、南北に長い島々と誤認していたとして南を東の誤りとし、山陰海岸沿いの日本海航路を推定し、投馬国を但馬、邪馬台国を後の大和国に比定。

邪馬台国と敵対していた狗奴国を毛野国とした。

なお、日本海航路については、同じ年に、 同じ考古学雑誌に、1号分早く笠井新也が説を展開している。またほぼ同じタイミングで、三宅米吉が畿内説を採りながらも、瀬戸内行路を主張している。

【関連記事】
【邪馬台国論争】今までの研究・論争まとめ - 畿内説