・所在地:山口県周南市竹島町4934
・経緯度:北緯34度05分18.84秒 東経131度75分92.76秒
・時 期:4世紀前半
・時 代:古墳時代前期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:-
【概要】
単に竹島古墳、御家老屋敷古墳とも。古墳時代前期、4世紀前半につくられた山口内最古の前方後円墳。全長56メートル、後円部径35メートル、前方部幅23メートル。後円部のほぼ中央に竪穴式石室がある。
出土品の35点は明治21年に発掘され、このうち銅鏡3点は、魏で作られた「正始元年銘三角縁階段式神獣鏡」「天王日月四神四獣鏡」と呉で作られた「劉氏作神人車馬画像鏡」とがあり、同じ古墳から魏と呉の鏡が出土した唯一の例。
「正始元年銘三角縁階段式神獣鏡」は、柴崎蟹沢古墳(群馬県・高崎市)や森尾古墳(兵庫県・豊岡市)から出土した銅鏡と同笵鏡(同じ鋳型からできた鏡)で、正始元年は邪馬台国の女王卑弥呼が魏に使いを出し、魏王から銅鏡100枚を贈られた翌年にあたり、いわゆる「卑弥呼の鏡」との指摘もある。
銘文は下記の通り。
「正始元年陳是作鏡自有経述本自▽師杜地命出寿如金石保子宜孫」(出典)
ちなみに同年の240年を示すと思われる、実際には存在しない年号「景初四年」の銘を持つ銅鏡が、広峯15号墳(広島県・福知山市)と持田古墳群(宮崎県・児湯郡、伝承)から出土している。
桜井茶臼山古墳(奈良県・桜井市)で出土した銅鏡の破片にある「是」とみられる文字が、柴崎蟹沢古墳から出土した銅鏡とぴったりと一致したことが確認され、桜井茶臼山古墳出土の銅鏡も「正始元年」銅鏡の可能性が高まった。
【関連サイト】
・山口県竹島古墳出土品(やまぐちけんたけしまこふんしゅつどひん) - 周南市
・経緯度:北緯34度05分18.84秒 東経131度75分92.76秒
・時 期:4世紀前半
・時 代:古墳時代前期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:-
【概要】
単に竹島古墳、御家老屋敷古墳とも。古墳時代前期、4世紀前半につくられた山口内最古の前方後円墳。全長56メートル、後円部径35メートル、前方部幅23メートル。後円部のほぼ中央に竪穴式石室がある。
出土品の35点は明治21年に発掘され、このうち銅鏡3点は、魏で作られた「正始元年銘三角縁階段式神獣鏡」「天王日月四神四獣鏡」と呉で作られた「劉氏作神人車馬画像鏡」とがあり、同じ古墳から魏と呉の鏡が出土した唯一の例。
「正始元年銘三角縁階段式神獣鏡」は、柴崎蟹沢古墳(群馬県・高崎市)や森尾古墳(兵庫県・豊岡市)から出土した銅鏡と同笵鏡(同じ鋳型からできた鏡)で、正始元年は邪馬台国の女王卑弥呼が魏に使いを出し、魏王から銅鏡100枚を贈られた翌年にあたり、いわゆる「卑弥呼の鏡」との指摘もある。
銘文は下記の通り。
「正始元年陳是作鏡自有経述本自▽師杜地命出寿如金石保子宜孫」(出典)
ちなみに同年の240年を示すと思われる、実際には存在しない年号「景初四年」の銘を持つ銅鏡が、広峯15号墳(広島県・福知山市)と持田古墳群(宮崎県・児湯郡、伝承)から出土している。
桜井茶臼山古墳(奈良県・桜井市)で出土した銅鏡の破片にある「是」とみられる文字が、柴崎蟹沢古墳から出土した銅鏡とぴったりと一致したことが確認され、桜井茶臼山古墳出土の銅鏡も「正始元年」銅鏡の可能性が高まった。
【関連サイト】
・山口県竹島古墳出土品(やまぐちけんたけしまこふんしゅつどひん) - 周南市


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