・所在地:兵庫県宝塚市安倉南2丁目
・経緯度:北緯34度79分65.48秒 東経135度37分34.18秒

・時 期:4世紀
・時 代:古墳時代前期
・形 状:円墳
・特 徴:-
・指 定:市史跡

【概要】
武庫川東岸にあたる洪積台地面の西端に立地する4世紀の円墳で、直径16.5メートル、高さ2.5メートル。宝塚市指定史跡。

1937年(昭和12)道路工事で墳丘の南半分を削られた際、竪穴式石室が発見され、中から赤烏七年鏡・内行花文鏡・碧玉製管玉・ガラス製小玉が出土。また墳丘からも鉄製の刀、矛・鉇・鍬などの破片と葺石・円筒埴輪が出土。

竪穴式石室は主軸を北東から南西の方向とし、元の長さ6.3メートルほど、現存の高さ60センチ、幅75センチ、壁に河原石を用いている。

鏡の銘文にあった□烏七年は、中国の三国時代の呉の年号赤烏にあたり、西暦244年。十年(247年)とも読めるとされる。

銘文は下記の通り。
「赤鳥七年大歳在丙午昭如日中造作明鏡百歳淳服者富貴長楽未央子孫宜寿可以昭明」(出典

赤烏の年号が入った銅鏡は、鳥居原狐塚古墳(山梨県・西八代郡)でも出土している。

【関連サイト】
安倉高塚古墳 - apedia