・所在地:京都府京丹後市峰山町矢田
・経緯度:北緯35度64分39.72秒 東経135度08分09.44秒
・時 期:4世紀後半
・時 代:古墳時代中期前半
・形 状:方墳
・特 徴:-
・指 定:-
【概要】
標高82メートルの山の上に築かれた古墳時代中期前半(4世紀後半)に築造されたと思われる12メートル×19メートルの方墳。近くには日本海最大の前方後円墳である神明山古墳がある。
埋葬施設は組合せ式石棺で、棺内に鏡と鉄刀1本が収められていた。鏡は、被葬者の頭部右上付近にあった。
方格規矩四神鏡で、「青龍三年」(魏の明帝の年号で235年)の銘が確認された。
銘文は下記の通り。
「青龍三年顔氏作竟成文章左龍右虎辟不詳朱爵玄武順陰陽八子九孫治中央寿如金石宜侯王」(出典)
以上、銘文など含め、安満宮山古墳(大阪府・高槻市)出土のものと同一。もう一つ、出土地不明の銅鏡も同一銘文。
これまでは山梨県市川三郷町の鳥居原狐塚古墳出土の紀年銘鏡「赤烏元年」(呉の大帝の年号で238年)が最も古かった。
被葬者の歯十数本。
【関連サイト】
・大田南5号墳 - Wikipedia
・経緯度:北緯35度64分39.72秒 東経135度08分09.44秒
・時 期:4世紀後半
・時 代:古墳時代中期前半
・形 状:方墳
・特 徴:-
・指 定:-
【概要】
標高82メートルの山の上に築かれた古墳時代中期前半(4世紀後半)に築造されたと思われる12メートル×19メートルの方墳。近くには日本海最大の前方後円墳である神明山古墳がある。
埋葬施設は組合せ式石棺で、棺内に鏡と鉄刀1本が収められていた。鏡は、被葬者の頭部右上付近にあった。
方格規矩四神鏡で、「青龍三年」(魏の明帝の年号で235年)の銘が確認された。
銘文は下記の通り。
「青龍三年顔氏作竟成文章左龍右虎辟不詳朱爵玄武順陰陽八子九孫治中央寿如金石宜侯王」(出典)
以上、銘文など含め、安満宮山古墳(大阪府・高槻市)出土のものと同一。もう一つ、出土地不明の銅鏡も同一銘文。
これまでは山梨県市川三郷町の鳥居原狐塚古墳出土の紀年銘鏡「赤烏元年」(呉の大帝の年号で238年)が最も古かった。
被葬者の歯十数本。
【関連サイト】
・大田南5号墳 - Wikipedia
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