・所在地:福岡県福岡市西区徳永下引地280-2
・経緯度:北緯33度57分37.73秒 東経130度25分98.89秒
・時 期:4世紀後半
・時 代:古墳時代中期前半
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:国の史跡
【概要】
今宿古墳群とも。今宿バイパス徳永東交差点の南側、若八幡宮神社内にある前方後円墳。高祖山山塊より派生する標高29メートルの丘陵上に築かれ、前方部を北に向ける。
墳長47メートル、前方部長25メートル、後円部径25メートルで、後円部三段、前方部二段の築成。墳丘には葺石を施す。
埋葬主体部は長さ2.75メートル、幅1.2メートルの刳貫の舟形木棺(材質はスギ)で、後円部中心に掘られた径13メートル前後の円形墓壙の中に古墳長軸と直交して埋置する。
頭部にあたる木棺西側に集中して三角縁二神二獣鏡、鉄製環頭太刀・剣・刀子・斧・鏃および銅製有孔円盤・玉類など多くの副葬品が納められていた。特に三葉環の鉄刀は、後漢「中平」(180年代)紀年銘の鉄刀が検出した東大寺山古墳(奈良県・天理市)と同様で、その関係が指摘されている。
これらの副葬品から、4世紀後半の築造と考えられる。今宿平野には12基の前方後円墳を主墳とする多くの古墳群が分布しているが、本古墳はその中で最古の位置を占める。
現在、社殿背後の丘陵上に北側の前方部先端を失った状態で墳丘が残り、古墳からは今宿平野が一望することができる。
付近は魏志倭人伝の伊都国の主要な地域と考えられている。古墳に葬られた人物は、伊都国王に代わってこの地域を支配した、大和政権と深い関係を持つ豪族であろうと考えられている。
【関連サイト】
・今宿古墳群(若八幡宮古墳) - 福岡市の文化財
・経緯度:北緯33度57分37.73秒 東経130度25分98.89秒
・時 期:4世紀後半
・時 代:古墳時代中期前半
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:国の史跡
【概要】
今宿古墳群とも。今宿バイパス徳永東交差点の南側、若八幡宮神社内にある前方後円墳。高祖山山塊より派生する標高29メートルの丘陵上に築かれ、前方部を北に向ける。
墳長47メートル、前方部長25メートル、後円部径25メートルで、後円部三段、前方部二段の築成。墳丘には葺石を施す。
埋葬主体部は長さ2.75メートル、幅1.2メートルの刳貫の舟形木棺(材質はスギ)で、後円部中心に掘られた径13メートル前後の円形墓壙の中に古墳長軸と直交して埋置する。
頭部にあたる木棺西側に集中して三角縁二神二獣鏡、鉄製環頭太刀・剣・刀子・斧・鏃および銅製有孔円盤・玉類など多くの副葬品が納められていた。特に三葉環の鉄刀は、後漢「中平」(180年代)紀年銘の鉄刀が検出した東大寺山古墳(奈良県・天理市)と同様で、その関係が指摘されている。
これらの副葬品から、4世紀後半の築造と考えられる。今宿平野には12基の前方後円墳を主墳とする多くの古墳群が分布しているが、本古墳はその中で最古の位置を占める。
現在、社殿背後の丘陵上に北側の前方部先端を失った状態で墳丘が残り、古墳からは今宿平野が一望することができる。
付近は魏志倭人伝の伊都国の主要な地域と考えられている。古墳に葬られた人物は、伊都国王に代わってこの地域を支配した、大和政権と深い関係を持つ豪族であろうと考えられている。
【関連サイト】
・今宿古墳群(若八幡宮古墳) - 福岡市の文化財


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