・所在地:福岡県古賀市青柳町
・経緯度:北緯33度70分93.11秒 東経130度48分50.64秒
・時 期:~3世紀
・時 代:縄文時代後期~弥生時代
・形 状:甕棺墓
・特 徴:-
・指 定:-
【概要】
縄文時代から弥生時代にかけての遺跡。
縄文時代と考えられる陥し穴も3基ほど、底面中央に穴があり、中央に鋭くとがった木を立て、落ち込んだ動物が突き刺さるようにしたものであろうと考えられる。近くに縄文集落があった可能性が高い。
弥生期のものと思われる甕棺4基のうち1基からは青銅製武器4本、1基からは装身具類等が確認され、また弥生時代中期以降の土壙墓・木棺墓・組合せ式木棺墓などが発掘されている。
丘陵頂部付近には弥生時代前期の巨大な貯蔵穴も発掘された。深さ2.5メートル・底部からは砥石、前期の壷片が発掘されている。
青柳川をはさんで水田地帯が広がり、それを背景にして強大な首長があらわれ、青銅製武器を所有していた時期があった。やがて有力者は鹿部山付近から海岸近くに移り、この地域は小集団が稲作を営み、丘陵地も墓地などになっていた可能性がある。
周辺地域は、魏志倭人伝に記載されている不弥国の領域である可能性がある。
【関連サイト】
・馬渡・束ヶ浦遺跡 - サンフレア古賀
・経緯度:北緯33度70分93.11秒 東経130度48分50.64秒
・時 期:~3世紀
・時 代:縄文時代後期~弥生時代
・形 状:甕棺墓
・特 徴:-
・指 定:-
【概要】
縄文時代から弥生時代にかけての遺跡。
縄文時代と考えられる陥し穴も3基ほど、底面中央に穴があり、中央に鋭くとがった木を立て、落ち込んだ動物が突き刺さるようにしたものであろうと考えられる。近くに縄文集落があった可能性が高い。
弥生期のものと思われる甕棺4基のうち1基からは青銅製武器4本、1基からは装身具類等が確認され、また弥生時代中期以降の土壙墓・木棺墓・組合せ式木棺墓などが発掘されている。
丘陵頂部付近には弥生時代前期の巨大な貯蔵穴も発掘された。深さ2.5メートル・底部からは砥石、前期の壷片が発掘されている。
青柳川をはさんで水田地帯が広がり、それを背景にして強大な首長があらわれ、青銅製武器を所有していた時期があった。やがて有力者は鹿部山付近から海岸近くに移り、この地域は小集団が稲作を営み、丘陵地も墓地などになっていた可能性がある。
周辺地域は、魏志倭人伝に記載されている不弥国の領域である可能性がある。
【関連サイト】
・馬渡・束ヶ浦遺跡 - サンフレア古賀


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