・所在地:佐賀県唐津市大字千々賀字千々賀
・経緯度:北緯33度40分89.89秒 東経129度96分18.38秒
・時 期:2世紀~3世紀
・時 代:弥生時代後期
・形 状:-
・特 徴:-
・指 定:-
【概要】
2世紀から3世紀ごろの弥生時代後期の遺跡。
平成12年(2000年)に漆の蓋状のものや直径40センチの柱や板材などが出土。周辺では、甕棺と銅鉾、銅戈などが出土した千々賀庚申遺跡、銅の腕輪が出土した千々賀宇ノ木遺跡があり、久里双水古墳も近いなどの理由から、それまで不明とされてきた魏志倭人伝に記載されている末盧国の拠点ではないかと話題になった。
その時発掘された、蓋状の漆品のうち、形状のしっかりしたものは2枚。このうち1枚は、ほかの遺跡でも見られるように、全体を黒漆で塗り、中心の小丸と外円のやや内側に赤色の漆で丸い線が描かれている。
もう1枚は、前の線に加えて、幾何鋸歯紋と呼ばれる、細かい三角形の文様や、斜線、細線などが描かれている。青銅器にはみられるが、漆品に見る国内での出土例は初めてとされた。
【関連サイト】
・末盧国について
・経緯度:北緯33度40分89.89秒 東経129度96分18.38秒
・時 期:2世紀~3世紀
・時 代:弥生時代後期
・形 状:-
・特 徴:-
・指 定:-
【概要】
2世紀から3世紀ごろの弥生時代後期の遺跡。
平成12年(2000年)に漆の蓋状のものや直径40センチの柱や板材などが出土。周辺では、甕棺と銅鉾、銅戈などが出土した千々賀庚申遺跡、銅の腕輪が出土した千々賀宇ノ木遺跡があり、久里双水古墳も近いなどの理由から、それまで不明とされてきた魏志倭人伝に記載されている末盧国の拠点ではないかと話題になった。
その時発掘された、蓋状の漆品のうち、形状のしっかりしたものは2枚。このうち1枚は、ほかの遺跡でも見られるように、全体を黒漆で塗り、中心の小丸と外円のやや内側に赤色の漆で丸い線が描かれている。
もう1枚は、前の線に加えて、幾何鋸歯紋と呼ばれる、細かい三角形の文様や、斜線、細線などが描かれている。青銅器にはみられるが、漆品に見る国内での出土例は初めてとされた。
【関連サイト】
・末盧国について
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