邪馬台国近江説―纒向遺跡「箸墓=卑弥呼の墓」説への疑問 (淡海文庫)
・刊行:2010/3
・著者:後藤聡一
・出版:サンライズ出版

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まずは、伊勢遺跡の注目度を上げたい、という願い。

序 章 「ヤマト=邪馬台国」への疑問
第1章 伊勢遺跡という存在
第2章 古代史における近江の位置づけ
第3章 伊勢神宮と伊勢遺跡の驚くべき符号
第4章 伊勢遺跡こそが邪馬台国
第5章 邪馬台国は滅ぼされた
・雑考
・フィールドワーク 平成十四~二十一年

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伊勢遺跡の特集性やその重要性がよく分かる。伊勢遺跡が本当の意味での元伊勢などの指摘も。纒向遺跡の断絶、少なくとも出土物の変化(弥生期→古墳期)については、確かに畿内論者で触れる人は多くないかもしれない。

邪馬台国は
1.九州にあり、大和に遷った東遷説 → 九州説の主流
2.九州にあり、大和の西征で滅亡した → 九州説で一部提唱者あり
3.大和にあり、大和朝廷に進化した → 畿内説の主流
4.大和にあり、九州勢力に滅ぼされた

というなかで、4を主張。卑弥呼は伊勢遺跡、壱与は伊勢遺跡群を構成する下長遺跡を拠点に、その後、河内のナガスネヒコが邪馬台国の王となっており、神武東遷によって、邪馬台国は滅亡するとする。
伊勢遺跡、纒向遺跡、伊勢神宮、籠神社(元伊勢)の位置 - 後藤聡一『邪馬台国近江説―纒向遺跡「箸墓=卑弥呼の墓」説への疑問』巻頭