豪族の眠る丘、生目古墳群 - 生目古墳群史跡公園
宮崎県宮崎市教育委員会は2015年1月8日、発掘調査中の国指定史跡・生目古墳群(宮崎市跡江)の前方後円墳・1号墳で、表面を覆う「葺石」がほぼ完全な状態で確認されたと発表しました。市教委は「保存状態が良好で、古墳の施工法を明らかにする貴重な事例」としているようです。読売新聞が報じています

現地説明会が2月1日に午前10時から4回に分けて開かれます。定員は計240人で、参加申し込みは1月23日まで。応募多数の場合は抽選。問い合わせは市教委文化財課(0985-21-1836)へ。

画像は生目古墳群の全景(出典:生目古墳群史跡公園)。

生目古墳群(いきめこふんぐん)は、宮崎県宮崎市跡江地区にある、宮崎平野を流れる大淀川右岸に位置する標高25メートルほどの台地上に広がる、古墳時代前期から中期の古墳群で、3世紀後半-4世紀前半頃から造営が始められ、古墳時代前期としては九州地方最大の古墳群と言われています。

昭和18年に前方後円墳7基、円墳36基の計43基の古墳が国の史跡に指定されており、その後の調査で計51基の古墳、地下式横穴墓36基、土坑墓49基、円形周溝墓3基が確認され、また昭和18年指定時のうち1基が古墳ではないことも明らかになっています。

今回の1号墳ですが、全長136メートル、高さ17メートルの前方後円墳。一説に当古墳群最古といわれています。箸墓古墳(奈良県・桜井市)の2分の1の大きさの相似形と言われ、その関係に注目されていることでも有名ですが、今までは調査が遅れていて、見学も困難とされてきました。

今回の発見、さらに現地説明会は、そうした意味では非常に得がたい機会。しかも、「葺石」がほぼ完全な状態で確認された、ということから、古墳造成への解明に寄与する発見であることも間違いなく、注目が集まります。

しかし、箸墓古墳とそっくりで、時期もかなり近い中で、畿内と宮崎、どのような関係があったのでしょう。古事記では、やはり初代神武天皇の東遷がありますので、説明しやすいですが、そうなると今度は時期(神武東遷は古事記上では明らかに紀元前、箸墓・生目は3世紀)が。。

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