異称日本伝 (1975年)
・刊行:松下見林
・著者:1975
・出版:国書刊行会

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1688年(元禄元年)に松下見林(まつしたけんりん)が上巻3冊・中巻8冊・下巻4冊、30年間かけて、中国・朝鮮半島の計126種類の書物の中から、日本関係の記事を抜き出して、疑問と批判を加えて成立した書物。

松下見林は邪馬台国について、大和朝廷であると断じ、その意味では邪馬台国畿内説。興味深いのは、第十二代景行天皇の「おおたらしひこおしろわけのみこと」という名が訛って後漢書に倭王・帥升と記載されたのだろう、と指摘。

卑弥呼については、神功皇后に比定して疑っていない。「おきながたらしひめのみこと」から「ひめこ」になったとする。女王や男王、その不和とは、忍熊王らによる反乱を指しているとする。また、神功皇后陵が倭人伝の墓の記載に合致するとしている。ただし、殉死者については否定。

壱与については、神功皇后に皇女なく、崩御に皇太子が即位して第十五代応神天皇となっていることから、これを「荒唐無稽」としている。

現在からみれば、稚拙な比定作業に見えるかもしれないが、原初的ながら史料批判を行っており、間違いは間違いと指摘する点など、本当の意味での邪馬台国論の嚆矢とも言えるかもしれない。

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