御祭神はトヨウケビメとウカノミタマが習合、実はナガスネヒコ? そして水神
[住所]奈良県北葛城郡河合町大字川合99
[電話]0745-56-2065
廣瀬大社(ひろせたいしゃ、広瀬大社、廣瀬神社、広瀬神社)は、奈良県北葛城郡河合町にある神社。
『延喜式神名帳』にある「広瀬坐和加宇加乃売命神社(大和国・広瀬郡)」に比定される式内社(名神大社・月次新嘗)。
神名帳の他に、『延喜式』巻3「臨時祭」祈雨神祭条に「広瀬社一座」とあり、祈雨神祭85座に含まれる。
二十二社(中七社)の一社で、近代社格では官幣大社、現在は神社本庁の別表神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
主祭神は若宇加能売命(わかうかのめのみこと)で、廣瀬大忌神(ひろせおおいみのかみ)とも。
社伝では伊勢の神宮(伊勢神宮)の豊受大神宮(外宮)の豊宇気比売大神、伏見稲荷大社の宇加之御魂神と同神とする。
いずれも食物神。ただし、本来の祭神は長髄彦であるとする説もある。
というのも、相殿神が櫛玉命(くしたまのみこと)であり、饒速日命を指し、社家の樋口氏は饒速日命を祖神とする物部氏の末裔で、社家の邸宅内には饒速日命を祀る境外末社・饒速日命社があるため。
2月11日の例祭(御田植祭)は大忌祭の御田水口祭礼に由来するもので、砂を雨に見たてた祈雨の神事。「龍田の風神、廣瀬の水神」と並び称される所以。
境内社の水分神社は、式内社「於神社」の論社で、他の論社に於神社がある。
讃岐国の式内社として、苅田郡には於神社(於神社と応神社が論社)、鵜足郡には宇閇神社(岡田下と栗熊西が論社)が鎮座し、当社と同じ大和国広瀬郡の式内社には当社ともゆかりが深い讃岐神社がある。
当地や当社と、讃岐との関係が指摘される。
なお、式内社には、広瀬神社が伊豆国、武蔵国にもある。
【ご利益】
衣食住全般(公式HP)

【関連記事】
・名神大社とは? - 名神祭の対象となる神々、式内社の中でも特異、その細かな特徴は?
・祈雨神祭85座とは? - 畿内の式内大社で祈雨・雨乞いに霊験が強い52社85柱の神々
・二十二社とは? - 上七社、中七社、下八社ごとに、それぞれの神社の詳細と動画、そのご利益
・近代社格制度の官幣大社とは? - 廃絶・未鎮座を除く59社、現時点で65社の神社の一覧表
・神社の創建年代 - 神代から、神武・神功・継体、そして昭和期まで、主な神社を順に並べた
・『日本の神社全国版(91) 2015年 11/10 号 [雑誌]』 - 大和の「龍田の風神、廣瀬の水神」
・奈良県の別表神社 | 別表神社とは? - 神社本庁に属する神社の現代版官国幣社
・奈良県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、奈良県に鎮座している神社の一覧
[電話]0745-56-2065
廣瀬大社(ひろせたいしゃ、広瀬大社、廣瀬神社、広瀬神社)は、奈良県北葛城郡河合町にある神社。
『延喜式神名帳』にある「広瀬坐和加宇加乃売命神社(大和国・広瀬郡)」に比定される式内社(名神大社・月次新嘗)。
神名帳の他に、『延喜式』巻3「臨時祭」祈雨神祭条に「広瀬社一座」とあり、祈雨神祭85座に含まれる。
二十二社(中七社)の一社で、近代社格では官幣大社、現在は神社本庁の別表神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。
主祭神は若宇加能売命(わかうかのめのみこと)で、廣瀬大忌神(ひろせおおいみのかみ)とも。
社伝では伊勢の神宮(伊勢神宮)の豊受大神宮(外宮)の豊宇気比売大神、伏見稲荷大社の宇加之御魂神と同神とする。
いずれも食物神。ただし、本来の祭神は長髄彦であるとする説もある。
というのも、相殿神が櫛玉命(くしたまのみこと)であり、饒速日命を指し、社家の樋口氏は饒速日命を祖神とする物部氏の末裔で、社家の邸宅内には饒速日命を祀る境外末社・饒速日命社があるため。
2月11日の例祭(御田植祭)は大忌祭の御田水口祭礼に由来するもので、砂を雨に見たてた祈雨の神事。「龍田の風神、廣瀬の水神」と並び称される所以。
境内社の水分神社は、式内社「於神社」の論社で、他の論社に於神社がある。
讃岐国の式内社として、苅田郡には於神社(於神社と応神社が論社)、鵜足郡には宇閇神社(岡田下と栗熊西が論社)が鎮座し、当社と同じ大和国広瀬郡の式内社には当社ともゆかりが深い讃岐神社がある。
当地や当社と、讃岐との関係が指摘される。
なお、式内社には、広瀬神社が伊豆国、武蔵国にもある。
【ご利益】
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コメント
コメント一覧 (1)
この節によると卑弥呼(アマテラス)は夫余によって殺されたわけですが、卑弥呼と血縁だった神武天皇は、そのリベンジのために邪馬台国の残党を集めて軍隊を組織し、大和に向かったのです。
九州の邪馬台国朝倉を中心とした邪馬台国の周辺の地名がそっくりそのまま大和の朝倉を中心とした地名に移動しているのはその強い証拠だと思います。