八戸三社大祭の山車行事(はちのへさんしゃたいさいのだしぎょうじ)
種別1:風俗慣習
種別2:祭礼(信仰)
公開日:毎年8月1-3日
指定日:2004.02.06(平成16.02.06)
都道府県:青森県
所在地:龗神社、長者山新羅神社、神明宮

八戸三社大祭は、八戸市内に所在する龗神社長者山新羅神社神明宮の三社の合同例祭で、毎年7月31日から8月4日にわたって行われる。山車行事は、この例祭に合わせて、8月1日から3日間行われ、三社の神幸行列に従って27台の大型で豪華な風流系の山車が行列を組んで市内を巡行する。

三社大祭は、霊神社の祭礼から始まったとされる。霊神社は、旧八戸城内に鎮座し旧社名を法霊神社、法霊大明神などと呼ばれ、初めは柏崎村の産土神であったが、盛岡藩の代官所が置かれると「八戸御館神」と称され、さらに寛文4年(1664)の八戸藩誕生以後は、藩と城下町を鎮護する神として信仰されるようになった。

龗神社の神輿が現在の新羅神社である長者山虚空蔵堂を御旅所にして渡御し、城下を神幸するようになるのは享保6年(1721)のことで、その後明治3年(1870)、法霊大明神は霊神社と社名を改め、明治17年(1884)の祭礼から新羅神社が加わって二社の合同祭礼となり、同22年(1889)の祭礼からは神明宮も加わって、現在の三社大祭のかたちとなった。

現在の三社の氏子範囲は、龗神社が市内北部の20町内、長者山新羅神社が市内南部の20町内、神明宮が中央部の12町内となっており、祭礼は町内を単位に行われている。

三社大祭の行列は、神明宮、龗神社、新羅神社の三社がそれぞれ一団となり、各社ごとに大麻神職、副齋主、祭主、神輿が行列の要となって、前後に氏子、武者押し、旗差物、稚児行列などの行列や、神楽、獅子舞、虎舞などの民俗芸能と、附祭りとして山車群が付き、最後に芸妓連による華屋台が続くという基本構成となっている。

この祭りの山車は、延享4年(1747)に裕福な町人が奉納した人形山車が、明治24年に町内所有の風流山車へと変化し、更に近代的な意匠へと変化した経緯が現存する山車類から明確であること、祭りの運営組織や運行習俗などにも伝統性を濃厚に残すことなど、我が国の山車祭りの変遷過程と、風流系統の山車の展開の様相を如実に示す事例として貴重である。

さらにこの祭りは、青森県南部から岩手県北部にかけて広く分布する祭りの中心的なものであり、地域的特色も豊かである。

保護団体名:八戸三社大祭山車祭り行事保存会
重要無形民俗文化財「八戸三社大祭の山車行事」 - 大型・豪華な風流系の山車が市内を巡行
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