古代ヤマト王権の縁起と伝承―『記・紀』に消されたニギハヤヒ命の実像
・刊行:2014/11/21
・著者:木村博昭
・出版:批評社

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多くの神社の縁起・伝承は、千数百年の悠久の歴史を超えて、今なお存在している。古代の人々は、地域共同体の歴史や伝承と同族意識を基盤にして、氏神や鎮守の神々を祀る信仰を起こし、神々と深い絆で結ばれていた。

そこから数々の神社の縁起・伝承が生まれ、今日まで語り継がれてきたのである。この祖先の偉大な遺産を手掛かりに、『記・紀』神話が抹消したニギハヤヒの実像を明らかにすると共に、古代ヤマト王権の実相に迫る。

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初めにでも明記されている通り、 小椋一葉の関連著作に影響されて成り立っており、大まかな筋も同様。神社の伝承で神話を再編するという試みの、色々な意味での奥深さを感じさせられた。

神話再編のキーポイントは、やはり日本書紀と古事記をどう位置付けるか、に尽きる。本書でも無条件に記紀として一括りにしているし、本書に限らず、ほとんどすべての古代日本史の著作はそのようになっているが、なぜ、他の謎には広く深く切り込もうとするのに、日本書紀と古事記の違いには目をつむるのか、理解に苦しむ。

日本書紀は定説通り、日本史上初の本格的な中国史記正史を構想した(どのように改竄されたかは置くとしても)、というので良いと思うが、古事記が明らかに時の律令体制を築こうとしている流れの中にあっては異分子である。都合の良い所だけ、古事記を引っ張り出し、都合が悪くなければ改変されている、となるのは、やはりいただけない。

そもそもニギハヤヒを今でも祀る神社は、極めて少ない、というわけではないので、「消されたニギハヤヒ」ありきなのはどうなのか。