・所在地:大阪府堺市旭ヶ丘北町5丁目

・時 期:5世紀前半
・時 代:古墳時代中期
・形 状:円墳
・特 徴:-
・指 定:国の史跡

【概要】
百舌鳥古墳群に属し、第十七代履中天皇陵である上石津ミサンザイ古墳の後円部北側にあった円墳で、同古墳の陪塚。墳丘は、径約33メートル、高さ約8メートルの二段築成で、周濠もあった。葺石と埴輪があり、墳頂部には鰭付円筒埴輪をならべた埴輪列がめぐっていた。

上石津ミサンザイ古墳の陪塚として、他に東酒呑古墳経堂古墳などがある。

また、家・短甲・蓋(きぬがさ)・靱などの形象埴輪も出土。

出土した遺物は、鉄製甲冑・鉄製素環頭太刀・鉄刀・蛇行状鉄剣・鉄剣・鉄鉾・鉄鏃・鉄斧・手斧・やりがんな・金銅製帯金具・馬具など多種多様で、そのほかに、滑石製勾玉や剣形鉄製品が採集されている。

出土遺物の中では、衝角付冑7鉢、短甲6領以上、鉄刀130口前後、鉄鏃百数十本など多量の鉄製武器・武具類が特徴。これらの出土品は、上石津ミサンザイ古墳の年代を考える重要な資料ともなっています。

世界遺産への登録を進めている百舌鳥・古市古墳群のリストにおいて、「七観音古墳(しちかんのんこふん)」として、円墳(33m)、NO.M27で設定されている。百舌鳥・古市古墳群のリストにおける百舌鳥古墳群のリストも参照。

【関連サイト】
七観音古墳 - 堺市

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