・所在地:岡山県総社市三須
・古墳ランキング > 9位
・時 期:5世紀中葉
・時 代:古墳時代中期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:国の史跡
【概要】
独立したごく低い丘陵を加工した前方後円墳。5世紀中ごろ、古墳時代前期。墳丘の長さは約286メートル、後円部の最高地点24メートル・直径174メートル、前方部の長さ110メートル、前面部幅174メートル、高さ22メートル。国の史跡に指定されている。
全国9位の規模。岡山県下では造山古墳(岡山県・岡山市)に次いで2位。
三段築成で、各段には密接した円筒埴輪が立ち並んでいたと推測されており、斜面は角礫が葺かれている。北側(前方部から見て左側)に造り出しがある。外周には周濠がない。後円部の外周には幅約20メートルの段が巡っていた。
古事記でも散見される吉備地方、そこの一大領主、大豪族の陵墓と考えられる。しかし、前方部前面と南東部に小さな丘が残っていて見栄えに欠け、また、巨大古墳としては陪塚が伴っていない。
ただし、北の丘陵には17基の前期古墳が、北東の三須丘陵には墳丘長140メートルの前方後円墳(小造山古墳)が存在し、合計約350基の古墳群が形成されているという。
これまで発掘調査は行われていない。
岡山市の造山古墳も同様に「つくりやまこふん」と読むが、地元では作山は「さくざん」、造山は「ぞうざん」と区別して呼んでいる。 【関連サイト】
・作山古墳 - Wikipedia
【関連記事】
・門脇禎二『古代を考える 吉備』 - ヤマト王権に匹敵する勢力、吉備路探訪に便利な遺跡案内
・古墳ランキング > 9位
・時 期:5世紀中葉
・時 代:古墳時代中期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:国の史跡
【概要】
独立したごく低い丘陵を加工した前方後円墳。5世紀中ごろ、古墳時代前期。墳丘の長さは約286メートル、後円部の最高地点24メートル・直径174メートル、前方部の長さ110メートル、前面部幅174メートル、高さ22メートル。国の史跡に指定されている。
全国9位の規模。岡山県下では造山古墳(岡山県・岡山市)に次いで2位。
三段築成で、各段には密接した円筒埴輪が立ち並んでいたと推測されており、斜面は角礫が葺かれている。北側(前方部から見て左側)に造り出しがある。外周には周濠がない。後円部の外周には幅約20メートルの段が巡っていた。
古事記でも散見される吉備地方、そこの一大領主、大豪族の陵墓と考えられる。しかし、前方部前面と南東部に小さな丘が残っていて見栄えに欠け、また、巨大古墳としては陪塚が伴っていない。
ただし、北の丘陵には17基の前期古墳が、北東の三須丘陵には墳丘長140メートルの前方後円墳(小造山古墳)が存在し、合計約350基の古墳群が形成されているという。
これまで発掘調査は行われていない。
岡山市の造山古墳も同様に「つくりやまこふん」と読むが、地元では作山は「さくざん」、造山は「ぞうざん」と区別して呼んでいる。 【関連サイト】
・作山古墳 - Wikipedia
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