・所在地:大阪府羽曳野市古市5丁目
・時 期:6世紀初頭
・時 代:古墳時代後期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:宮内庁治定
【概要】
宮内庁により「古市高屋丘陵(ふるちのたかやのおかのみささぎ)」として第二十七代安閑天皇の陵に治定されている。古事記では「河内之古市高屋村(こうちのうるちのたかやのむら)にあり」とされている。
古市古墳群に属し、その最南端に位置する6世紀初頭に築造されたものと考えられている前方後円墳で、「安閑天皇陵」とも呼ばれる。室町時代後半に畠山氏の居城である高屋城の本丸が置かれ、元々の形態が大きく改変されている。
墳丘長122メートル、前方部の幅100メートル・高さ12.5メートル、後円部径78メートル・高さ13メートル。
安閑天皇は、第二十六代継体天皇の子。継体天皇に次いで即位したが、子をなさなかったため、崩御後に同母弟に第二十八代宣化天皇が即位した。天皇家の系譜も参照。
古事記でも具体的な事績の記述が少ない天皇の一人。父の継体天皇の陵は太田茶臼山古墳(大阪府・茨木市)に、実弟の宣化天皇の陵は鳥屋ミサンザイ古墳(奈良県・橿原市)に、異母兄弟の第二十九代欽明天皇の陵は梅山古墳(奈良県・明日香村)に、それぞれ治定されている。
古事記に記載はないが、皇后は第二十四代仁賢天皇の皇女・春日山田皇女とされ、古事記においてはカスガノオダノが該当する。その陵墓がこの古墳のすぐ近く、高屋八幡山古墳で、宮内庁により「古市高屋陵」として治定されている。
世界遺産への登録を進めている百舌鳥・古市古墳群のリストにおいて、「安閑天皇陵古墳(あんかんてんのうりょうこふん)」として、前方後円墳(122m)、NO.F44で設定されている。百舌鳥・古市古墳群のリストにおける古市古墳群のリストも参照。
【関連サイト】
・高屋築山古墳 - Wikipedia
【関連記事】
・高屋神社(羽曳野市) - 物部系の高屋連の本貫地、明治に合祀も昭和に復社、安閑陵近く
・世界遺産候補「百舌鳥・古市古墳群」から、被葬者が古代天皇のものを抽出して人物紹介した
・百舌鳥・古市古墳群 - 大阪初の世界遺産登録を目指す、世界に誇る古事記時代の建造物群
・清水神社(真島町) - 真島の地の蔵王権現、古市の里、式内は合祀の水戸神か?
・時 期:6世紀初頭
・時 代:古墳時代後期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:宮内庁治定
【概要】
宮内庁により「古市高屋丘陵(ふるちのたかやのおかのみささぎ)」として第二十七代安閑天皇の陵に治定されている。古事記では「河内之古市高屋村(こうちのうるちのたかやのむら)にあり」とされている。
古市古墳群に属し、その最南端に位置する6世紀初頭に築造されたものと考えられている前方後円墳で、「安閑天皇陵」とも呼ばれる。室町時代後半に畠山氏の居城である高屋城の本丸が置かれ、元々の形態が大きく改変されている。
墳丘長122メートル、前方部の幅100メートル・高さ12.5メートル、後円部径78メートル・高さ13メートル。
安閑天皇は、第二十六代継体天皇の子。継体天皇に次いで即位したが、子をなさなかったため、崩御後に同母弟に第二十八代宣化天皇が即位した。天皇家の系譜も参照。
古事記でも具体的な事績の記述が少ない天皇の一人。父の継体天皇の陵は太田茶臼山古墳(大阪府・茨木市)に、実弟の宣化天皇の陵は鳥屋ミサンザイ古墳(奈良県・橿原市)に、異母兄弟の第二十九代欽明天皇の陵は梅山古墳(奈良県・明日香村)に、それぞれ治定されている。
古事記に記載はないが、皇后は第二十四代仁賢天皇の皇女・春日山田皇女とされ、古事記においてはカスガノオダノが該当する。その陵墓がこの古墳のすぐ近く、高屋八幡山古墳で、宮内庁により「古市高屋陵」として治定されている。
世界遺産への登録を進めている百舌鳥・古市古墳群のリストにおいて、「安閑天皇陵古墳(あんかんてんのうりょうこふん)」として、前方後円墳(122m)、NO.F44で設定されている。百舌鳥・古市古墳群のリストにおける古市古墳群のリストも参照。

・高屋築山古墳 - Wikipedia
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