・所在地:大阪府藤井寺市国府1丁目

古墳ランキング > 19位 

・時 期:5世紀後半
・時 代:古墳時代中期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:宮内庁治定

【概要】
宮内庁により「惠我長野北陵(えがのながののきたのみささぎ)」として第十九代允恭天皇の陵に治定されている。古事記には「河内の恵賀の長枝にあり」とある。「允恭天皇陵」とも呼ばれる。

古市古墳群に属し、5世紀後半に築造されたと考えられる前方後円墳で、墳丘長は227メートルで全国19位。前方部の高さ23.3メートル、後円部の高さ22.3メートル。

陪塚として、衣縫塚古墳宮の南塚古墳などがある。

允恭天皇は、第十六代仁徳天皇の子。兄に、第十七代履中天皇、第十八代反正天皇がいる。古事記では病弱と伝えられ、そのために即位を一旦は固辞。周りに薦められてようやく即位する。子宝には恵まれ、子に第二十代安康天皇、第二十一代雄略天皇などがいる。

古事記最大のラブロマンス叙事詩、禁断の同母兄妹相姦の主役であるカルミコカルノも、允恭天皇の子。

また、安康天皇を暗殺したマヨワは孫にあたる。

古事記後半の説話で主役を張る印象的な登場人物の、父祖。

この古墳とは別に、宮内庁では津堂城山古墳(大阪府・藤井寺市)を「藤井寺陵墓参考地」として治定している。

なお、なお、父の仁徳天皇の陵は日本最大の大仙陵古墳(大阪府・堺市)に、母のイワノの陵はヒシアゲ古墳(奈良県・奈良市)に、これとは別に陵墓参考地としてコナベ古墳(奈良県・奈良市)に、兄の履中天皇の陵は上石津ミサンザイ古墳(大阪府・堺市)に、反正天皇の陵は田出井山古墳(大阪府・堺市)に、それぞれ治定されている。

子の第二十代安康天皇の陵は古城1号墳(奈良県・奈良市)に、雄略天皇の陵は島泉丸山古墳(大阪府・羽曳野市)に、これとは別に河内大塚山古墳(大阪府・松原市)が「大塚陵墓参考地」として治定されている。天皇家の系譜も参照。

世界遺産への登録を進めている百舌鳥・古市古墳群のリストにおいて、「允恭天皇陵古墳(いんぎょうてんのうりょうこふん)」として、前方後円墳(230m)、NO.F8で設定されている。百舌鳥・古市古墳群のリストにおける古市古墳群のリストも参照。
市ノ山古墳(大阪府・藤井寺市) by Googleアース - ぶっちゃけ古事記
【関連サイト】
市ノ山古墳 - Wikipedia

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