・所在地:大阪府堺市北区百舌鳥本町

・時 期:5世紀後半
・時 代:古墳時代中期
・形 状:前方後円墳
・特 徴:-
・指 定:陵墓参考地

【概要】
宮内庁により「百舌鳥陵墓参考地」(被葬候補者:第十五代応神天皇)として陵墓参考地に治定されている。

百舌鳥古墳群に属し、そのほぼ中央、日本最大の大仙陵古墳の南東に位置する。全長約200メートル、後円部径約95メートル、高さ約17メートル、前方部幅約119メートル、高さ約17メートルで、百舌鳥古墳群では4番目の大きさ。

墳丘は3段に築かれ、南側に造り出しがある。発掘調査により、かつては二重濠があったことが確認されている。陪塚は数基あったとされるが、万代山古墳のみが現存。

従来は約186メートルとされていた全長が、2008年に墳丘部周囲の崩落補修、倒木などの撤去工事が行われ、同年11月28日に、宮内庁と堺市がそれぞれの管理区域の発掘調査を行った結果、一回り大きいことが分かった。

応神天皇の陵としては別に、誉田御廟山古墳(大阪府・羽曳野市)が「惠我藻伏崗陵」として治定されている。

世界遺産への登録を進めている百舌鳥・古市古墳群のリストにおいて、「御廟山古墳(ごびょうやまこふん)」として、前方後円墳(203m)、NO.M37で設定されている。百舌鳥・古市古墳群のリストにおける百舌鳥古墳群のリストも参照。

【関連サイト】
御廟山古墳 応神天皇陵の第2候補として陵墓参考地に指定されている古墳

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