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奈良県桜井市三輪62

訪問日:2014年10月16日午後

磐座神社から展望台(恋人の岡)を経て、久延彦神社を目指します。

展望台からは、手前に大神神社の大鳥居、奥に二つの小山、左手が香久山、右手が耳成山、それぞれがくっきり望めました。

久延彦神社に到着。ご由緒です。写真をクリックすると大きな写真で確認できます。
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ご由緒には次のようにあります。

御祭神の久延毘古命は『古事記』に、どこへも足を運ばなくても世の中のことをすべて知っている神様で知恵が大層すぐれておられると記されています。

それゆえに、千恵・学問の神様として侵攻を集め、学力向上・各種試験の合格をお守りください、今日では就職成就はもとより仕事面においても知識・智力の向上・発展に大きな御力を授けてくださります。

大神神社における学業の神様として定着しているようです。さて、拝殿です。
久延彦神社の拝殿、右手から - ぶっちゃけ古事記
拝殿からまっすぐ伸びる階段の参道を見下ろします。
久延彦神社の階段の参道 - ぶっちゃけ古事記
拝殿の正面。
久延彦神社の拝殿正面 - ぶっちゃけ古事記
拝殿の左手から。
久延彦神社の拝殿、左手から - ぶっちゃけ古事記
出雲の美保(みほ=島根県八束群美保関町)の岬に、ガガイモの船に乗った謎の神が現れて、オオクニヌシ一行が騒然。名前を聞いても名乗らない。そこでガマガエルのタニグクが、「クエビコなら名前を知っているかも」と言ったのが古事記における初出。

そこでクエビコに聞いてみると、この謎の神が、カミムスヒノカミの子であるスクナビコナであることが知れ、カミムスヒノカミに確認すると、これを認めて、オオクニヌシに対して「スクナビコナと兄弟になって国造りをしなさい」と命じ、葦原の中つ国の国造りが始まる、という流れになります。

その後で、古事記の原文には次のようにあります。

久延毘古者、於今者山田之曾富騰者也、此神者、足雖不行、盡知天下之事神也。

クエビコというのは、今でいう山や田の案山子のことであり、この神は歩くことはできないが、天下のことを知り尽くしている神である。となります。

ご由緒にある通り、膨大な知識を誇った神、ということが古事記からでも一目瞭然です。

一方で、歩くことができない案山子なのに、知識の神? という率直な疑問もわきます。このような神様の説明があることも、古事記では異例。天下のことを知り尽くしている、ということは尋常ではないし、田はともかく山に案山子? ということで、実は案山子というのはタタラの暗喩であり、製鉄で権力を掌握した、オオクニヌシ以前の葦原の中つ国の王こそがクエビコ、という説もあるようです。元王だから何でも知っている、と。

ただし、案山子に零落した(片足にされ、動けなくなった)ところから見ると、蹴下ろされた感があります。そうすると、それをオオクニヌシの仕業とするには、オオクニヌシの性質とは若干イメージが異なります。どちらかというと、後年の高天原による葦原中国平定におけるタケミカヅチみたいな方がフィットするかと。。

このオオクニヌシとの会談も、スクナビコナの名を知るためという名目と同時に、国造り前の葦原の中つ国の統治権をクエビコからオオクニヌシに継承するということを示唆しているのかもしれません。

ともかく、極めて知識の豊富な神様であることは間違いありません。クエビコをお祀りしている神社は全国でも意外と珍しく、有名なところでは、この大神神社末社と、久氐比古神社(石川県鹿島郡中能登町)あたりとも言われています。その分ご利益も大きそう。

大神神社そのものでオオモノヌシ(配神のオオクニヌシとスクナビコナ)に、摂社の磐座神社でスクナビコナと会い、ここでくえびことも出会える、まさに古事記世界の国造りのフルキャスト。

ここ(周辺地域)こそが神話で描かれた「出雲」なのだ、という説は、現実に島根県に出雲があるので一瞬は荒唐無稽に思えても、現地を歩いてみると、「なるほど」と思わずにはいれないところがあります。
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