大神神社の久すりの道(くすりの道)を登り、見下ろす - ぶっちゃけ古事記
奈良県桜井市三輪
北緯34度53分5.56秒 東経135度85分31.10秒

訪問日:2014年10月16日午後

改めて、大神神社の拝殿から祈祷殿を通り、その北側にある久すりの道(くすりの道)を進んでいきます。

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磐座神社までは歩いてすぐでした。
大神神社摂社・磐座神社 - ぶっちゃけ古事記
ご由緒です。写真をクリックすると大きな写真で確認できます。
大神神社摂社・磐座神社のご由緒 - ぶっちゃけ古事記
御祭神は少彦名神(すくなひこなのかみ)、つまりスクナビコナです。ご由緒には、「大物主大神とともに国土を開拓し、人間生活の基盤を築かれるとともに、医薬治病の方法を定められた薬の神様として信仰されています」とあります。
大神神社摂社・磐座神社の近撮 - ぶっちゃけ古事記
ご由緒にはまた、「三輪山の麓には辺津磐座(へついわくら)と呼ばれる、神様が鎮まる岩が点在し、この神社もその一つです。社殿がなく、磐座を神座とする形が原始の神道の姿を伝えています」とあります。いわゆる神奈備(かむなび・かんなび・かみなび)でしょうか。三輪山自身が、神奈備です。

上の写真で奥の方に木枠で囲まれているのが、それでしょう。この神社はそのものズバリの磐座神社(いわくらじんじゃ)。三輪山の麓にある数多くある磐座でも特別なもののようです。

古事記において、スクナビコナはオオクニヌシとともに国造りを行います。しかし、その具体的な内容については触れられていません。国造り途上と思われる時、スクナビコナは「じゃあっ」と言って、オオクニヌシのもとを去り、常世の国に行きます。

スクナビコナに去られたオオクニヌシが困っている時、現れたのがオオモノヌシ(ご由緒にある「大物主大神」)。オオモノヌシは「ワシを大和の青々とした山に祀るのじゃ~」と言います。古事記では、「これが三輪山である」としています。大神神社が日本最古であることを説明している場面です。

常世の国に行ったスクナビコナは、その後、神功皇后の頃になって、酒造りの神として知れ渡っていたと思われます。神功皇后の歌に、スクナビコナの名がみえるからです。

古事記においては、それほど登場機会の多くない神ではあるのですが、オオクニヌシの相棒として、また、その名が示す小柄、あるいは小人的なところからも、今に至るまで、広く信仰されている神様の一人です。
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