志毘臣(しびのおみ)縦480px
歌垣で言い負かしたのは袁祁王の方なのに、その後先手を打ったのも袁祁王。よほど志毘臣が気に入らなかったのか、それとも古事記に収録されている歌垣ほど、袁祁王有利の展開ではなかったか。はたまたきっかけとなったオウオはどうなった?

歌垣でちょっと言い負かされた感のある志毘臣が熟睡している時、袁祁王(後の第二十三代顕宗天皇)が兄・意祁王(後の第二十四代仁賢天皇)とともに志毘臣を奇襲した際に放ったかもしれない一言。

泣きっ面にハチ、というか、歌垣で敗れ、その後ソッコー攻め滅ぼされてしまった志毘臣。残念っ!

【この一言の出典】
女にちょっかい出された皇子がキレる 横柄な家臣を急襲して滅亡させる

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19.清寧天皇 - ぶっちゃけ古事記のカテゴリ

【関連キャラ】
志毘臣 - ふらっと都に帰った皇子のオンナを奪って挑発
顕宗天皇 - 父の復讐に燃え、雄略陵破壊を目論む激情家
仁賢天皇 - 引っ込み思案も冷静な頭脳で弟の汚名を救う

【古事記の神・人辞典】
志毘臣