父スサノヲ、息子オオトシノカミ、娘ウカノミタマノカミなどの系譜、スサノヲが惨殺したオオゲツヒメと結婚したオオトシノカミ。その他、トヨウケビメ、ウケモチノカミなども。
あまり有名とは言えないスサノヲの説話で、五穀の起源があります。

天岩戸隠れと、ヤマタノオロチ退治という、日本二大神話の間に、ひっそり(?)と。

食事を求めた女神オオゲツヒメが、ケツとかから食材取り出してクッキングしたものを出されたので、ソッコー惨殺、そのオオゲツヒメの死体から穀物の種が生じたので、カミムスヒノカミがそれを摘んだ、というもの。

しかし、現在の日本を見てみると、オオゲツヒメ、あるいはカミムスヒノカミが食物神として祀られている例は極めて少ないようです。代表的な食物神として、例えば各地の稲荷神社などで祀られているのは、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ=ウカノミタマノカミ)や、保食神(うけもちのかみ=ウケモチノカミ)。性別は明確ではないですが、それぞれ女神とされています。

「うか」や「うけ」は食べ物を表すようです。伊勢の神宮の外宮に祀られている豊宇気毘売神(とようけびめのかみ=トヨウケビメ)も同種の系統と言えるでしょう。

オオゲツヒメ、ウカノミタマノカミ、ウケモチノカミ、トヨウケビメ、食物に関係する神はいずれも女神。だから女陰とも絡む。

さて、ウカノミタマノカミは、スサノヲの子。兄にオオトシノカミがいます。古事記にはこれ以上詳しい記載はありません。ウケモチノカミは古事記に登場はなく、日本書紀で、オオゲツヒメと同じような役割を振られて、登場しています。

古事記と日本書紀の、五穀の起源の説話を比較してみます。まずは原文から。

[古事記]
於是八百萬神共議而、於速須佐之男命、負千位置戸、亦切鬚及手足爪令拔而、神夜良比夜良比岐。又食物乞大氣津比賣神、爾大氣都比賣、自鼻口及尻、種種味物取出而、種種作具而進時、速須佐之男命、立伺其態、爲穢汚而奉進、乃殺其大宜津比賣神。故、所殺神於身生物者、於頭生蠶、於二目生稻種、於二耳生粟、於鼻生小豆、於陰生麥、於尻生大豆。故是神產巢日御祖命、令取茲、成種。

[日本書紀]
一書曰、伊弉諾尊、勅任三子曰「天照大神者、可以御高天之原也。月夜見尊者、可以配日而知天事也。素戔嗚尊者、可以御滄海之原也。」既而、天照大神在於天上曰「聞、葦原中國有保食神。宜爾月夜見尊就候之。」月夜見尊、受勅而降。已到于保食神許、保食神、乃廻首嚮國則自口出飯、又嚮海則鰭廣鰭狹亦自口出、又嚮山則毛麁毛柔亦自口出。夫品物悉備、貯之百机而饗之。是時、月夜見尊、忿然作色曰「穢哉、鄙矣。寧可以口吐之物敢養我乎。」廼拔劒擊殺。然後復命、具言其事、時天照大神、怒甚之曰「汝是惡神。不須相見。」乃與月夜見尊、一日一夜、隔離而住。是後、天照大神、復遣天熊人往看之、是時、保食神實已死矣、唯有其神之頂化爲牛馬、顱上生粟、眉上生蠒、眼中生稗、腹中生稻、陰生麥及大小豆。天熊人、悉取持去而奉進之、于時、天照大神喜之曰「是物者、則顯見蒼生可食而活之也。」乃以粟稗麥豆爲陸田種子、以稻爲水田種子。又因定天邑君、卽以其稻種、始殖于天狹田及長田。其秋、垂穎、八握莫莫然甚快也。又口裏含蠒、便得抽絲、自此始有養蠶之道焉。保食神、此云宇氣母知能加微。顯見蒼生、此云宇都志枳阿鳥比等久佐。

項目に分けて比較してみます。

■発端

[古事記]
天岩戸隠れ騒動の元凶として高天原を追放されたスサノヲが、放浪の旅の途中に、オオゲツヒメに食べ物を要求する。

[日本書紀]
イザナギが三貴子にそれぞれ統治すべき場所を命じた後、アマテラスが、ツクヨミに対して、葦原の中つ国のウケモチノカミの元に降臨せよと命じる。

―一番大きな違いはここかも。偶然か、必然か、という感じ。

■加害者―被害者

[古事記]
スサノヲ―オオゲツヒメ

[日本書紀]
ツクヨミ―ウケモチノカミ

―三貴子の男神二柱と、別の女神二柱、という構図。頂点にアマテラス

■動機

[古事記]
スサノヲから食事を所望されたオオゲツヒメが、鼻や口、ケツから食材を取り出してクッキングしたものをスサノヲに供しようとした。

[日本書紀]
ウケモチノカミが陸を向いて口から米飯を吐き出し、海を向いて口から魚を吐き出し、山を向いて口から獣を吐き出し、それらでツクヨミをもてなそうとした。

―ウケモチノカミは全部口から吐き出している

■事件の推移

[古事記]
スサノヲが無言のうちにキレて、有無言わさずやはり無言のままオオゲツヒメを惨殺。

[日本書紀]
ツクヨミが「吐き出したものを食べさせるとは汚らわしい」とキレてウケモチノカミを斬殺。

―三貴子(アマテラス、ツクヨミ、スサノヲ)、結構キレやすい。。

■事件後

[古事記]
スサノヲはそのまま去る。

[日本書紀]
ツクヨミがアマテラスに復命する。

―この「殺っちゃったけど、何か?」感は日本神話の共通事項

■その結果

[古事記]
オオゲツヒメの死体から各種穀物の種子が生える。

[日本書紀]
アマテラス激怒。太陽(昼)のアマテラス、月(夜)のツクヨミ、両者の完全訣別が決まる。アマテラスは次いでアメノクマヒトを派遣して、ウケモチノカミの様子を見させるが、ウケモチノカミは死亡しており、死体から各種穀物などの種子が生えていた。

―アマテラスとツクヨミの相容れない関係の説明譚を何気なく挿入

■死体の状況

[古事記]
オオゲツヒメの死体の頭から蚕が、目から稲の種が、耳から粟が、鼻からは小豆が、女陰からは麦が、尻からは豆が生えてきた。

[日本書紀]
ウケモチノカミの死体の頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、女陰から麦・大豆・小豆が生まれた。

―ウケモチノカミは穀物だけではない。そして、女陰は共通項

■終結

[古事記]
カミムスヒノカミがオオゲツヒメの死体のそれらの種子をそっと摘み取る。

[日本書紀]
アメノクマヒトが持ち帰り、アマテラスは大喜び、これを田畑に蒔く。

―古事記の“静”、日本書紀の“動”がよく表れているかのような対比


展開は似ているし、最終的に採取できた種も大筋で似てはいますが、登場人物とその数の多寡、別の説話をも包括している点など、違いも多いといえます。

もう少し色々な角度から、この比較分析を進めてみたいと思います。

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【古事記の神・人辞典】
トヨウケビメノカミ | ウカノミタマノカミ | オオゲツヒメ - 食・穀物神(いずれも女神)
オオトシノカミ | ミトシノカミ | ワカトシノカミ - 年神(としがみ。いずれも男神)
スサノヲ | ハヤマトノカミ | カミムスヒノカミ - その他