置目老媼(おきめのおうな)

『古事記』に記載のある女性。

第23代顕宗天皇の頃、近江に住んでいた老女。

顕宗天皇が、第21代雄略天皇に惨殺された父・イチノベノオシハの遺骸を探し求めたところ、その正確な位置を知っていた。

決め手だったのはイチノベノオシハの名前の由来ともなった、押し重なっている独特な歯の形。

この老女の言葉通り、イチノベノオシハの遺骸を発見した顕宗天皇は、殺害現場近くの蚊屋野の東の山に御陵を設置し、惨殺事件のきっかけを作ったカラフクロの子らに守とした。

恩人となったこの老女に、顕宗天皇が名を贈ったのが、それが置目老媼。

顕宗天皇は置目老媼を宮殿近くに住まわせ、宮殿の戸に鈴を取り付けてそれを鳴らすことで、毎日のように召し上げて、これを厚くお恵みになった。その時の歌が一首残されている。

やがて置目老媼が高齢を理由に故郷に暇をもらいたい旨を告げると、顕宗天皇はこれを大変残念がり、やはり歌を一首送っている。

【主な登場場面】
因果応報を実行する顕宗天皇 窮地での弁当強奪犯を死刑にし、その一族にも処罰

【置目老媼を祀る神社】
馬見岡綿向神社 - 綿向山に出雲祖神、5月に日野祭、『古事記』記載の置目老媼