蝮之水歯別命(たじひのみずはわけのみこと)
タジヒノミズハワケ。『古事記』に記載のある男性皇族。
父は第16代仁徳天皇、母はその皇后であるイワノヒメ。第三子。
同母兄に第17代履中天皇、スミノエノナカツ、同母弟に第19代允恭天皇がいる。
第18代天皇(天皇家の系譜)。
身長九尺二寸半と表記される。一尺30センチほどで考えてしまうと、三メートルを超える巨人。当時の一尺はもっと短かった可能性もあり、おそらくは二メートル前後、それでも当時において、稀にみる長身だったと考えられる。
歯並びもよく、容姿端麗、とも表記されており、公式記録に残る、初のイケメン、とも言える。
兄の履中天皇が、難波の宮に滞在している時、熟睡中にやはり兄のスミノエノナカツに反逆され、放火されて命からがら石上神宮まで逃げかえる。そこに履中天皇を見舞ったら、自分も疑われたので、邪心がないことを言うと、スミノエノナカツ討伐を命じられた。
難波に着くと、スミノエノナカツの側近である隼人のソバカリを欺きつつ、「もしお前がオレの言うことを聞いたら、オレが天皇になった時に、大臣にしてやんよ」と持ち掛け、スミノエノナカツを教唆。ソバカリはスミノエノナカツがトイレに入っている隙に矛で刺殺する。
そこで、ソバカリを伴って帰路に着くと、「ヤツは大きな功績があるが、自分の主君を殺したのは不義。功績に報いないのもあれだし、約束の通りにしたらそれはそれでコエーし。功績には適当に報いて、殺っちゃおう」と心に誓う。
大阪の山口で仮宮を造営し、ソバカリに「今日はここにとどまって、まずお前に大臣の位を賜って、明日、大和に入ろう」と声をかけた。酒宴の席で、ソバカリに実際に大臣の位を授け、「さあ、ともに飲もう」と大きな酒杯を準備。
顔を覆い隠すほどの酒杯をソバカリが飲んでいる時を見計らって、座の下に遭った剣を取り出し、ソバカリの首をはねた。
そのため、この場所を近つ飛鳥と呼ぶ。翌日出立し、石上神宮の手前まで来ると、「今日はここにとどまって禊しよう」と言う。そこが遠つ飛鳥。翌日、石上神宮に参拝し、履中天皇に復命、「全部片付きました」。
そうして、ようやく疑心暗鬼だった履中天皇の信を得たという。
皇居は河内の多治比の柴垣の宮。伝承地は、大阪府松原市上田7丁目の柴籬神社。
コゴトの娘であるツノノイラツメと結婚し、カイノイラツメ、ツブラノイラツメをもうける。
同じくコゴトの娘であるオトヒメと結婚し、タカラ、タカベノイラツメをもうける。
60歳で崩御(丁丑年七月)、御陵は毛受野(もずの)にあり。宮内庁によって田出井山古墳(大阪府・堺市)が「百舌鳥耳原北陵」として治定されている。
別に、土師ニサンザイ古墳が反正天皇を被葬者候補(しかし被葬されておらず空陵)とした「東百舌鳥陵墓参考地」として治定されている。全国第8位の大きさの古墳(古墳ランキング)。
古事記の中の歴代天皇
・初代神武天皇 - 第2代綏靖天皇 - 第3代安寧天皇 - 第4代懿徳天皇 - 第5代孝昭天皇 - 第6代孝安天皇 - 第7代孝霊天皇 - 第8代孝元天皇 - 第9代開化天皇 - 第10代崇神天皇 - 第11代垂仁天皇 - 第12代景行天皇 - 第13代成務天皇 - 第14代仲哀天皇 - 第15代応神天皇 - 第16代仁徳天皇 - 第17代履中天皇 - 第18代反正天皇 - 第19代允恭天皇 - 第20代安康天皇 - 第21代雄略天皇 - 第22代清寧天皇 - 第23代顕宗天皇 - 第24代仁賢天皇 - 第25代武烈天皇 - 第26代継体天皇 - 第27代安閑天皇 - 第28代宣化天皇 - 第29代欽明天皇 - 第30代敏達天皇 - 第31代用明天皇 - 第32代崇峻天皇 - 第33代推古天皇 - 第三十四代舒明天皇
【主な登場場面】
・珍しく建国神話らしい逸話 - 「かまどの煙が見えないから3年間無税ね」の仁徳天皇
・酔いつぶれて寝ていた御殿を放火された履中天皇 家臣に寝たまま担がれて逃走~
・履中天皇「オマエも裏切るんじゃね?」、弟をけしかけ、反逆の弟を始末するの巻
【関連記事】
・世界遺産候補「百舌鳥・古市古墳群」から、被葬者が古代天皇のものを抽出して人物紹介した
・【古事記紀行2014】(5)『古事記』にはっきり記載されている唯一の神社・石上神宮
【反正天皇を祀る神社】
・方違神社 - 堺市“方位のない地”に鎮座する方災除けの神、粽祭など方除けのちまき推し
・丹比神社 - 反正天皇ゆかり、後に多治比真人の本貫、明治期に櫟本神社を合祀
・柴籬神社 - 反正天皇の宮跡、仁賢天皇の勅命により創建、歯の神で8月に祭典
【年】
・第18代反正天皇元年 - 西暦406年。午(うま)年、干支は丙午
・第18代反正天皇2年 - 西暦407年。未(ひつじ)年、干支は丁未
・第18代反正天皇3年 - 西暦408年。申(さる)年、干支は戊申
・第18代反正天皇4年 - 西暦409年。酉(とり)年、干支は己酉
・第18代反正天皇5年 - 西暦410年。戌(いぬ)年、干支は庚戌
・第18代反正天皇6年 - 西暦411年。亥(い)年、干支は辛亥
タジヒノミズハワケ。『古事記』に記載のある男性皇族。
父は第16代仁徳天皇、母はその皇后であるイワノヒメ。第三子。
同母兄に第17代履中天皇、スミノエノナカツ、同母弟に第19代允恭天皇がいる。
第18代天皇(天皇家の系譜)。
身長九尺二寸半と表記される。一尺30センチほどで考えてしまうと、三メートルを超える巨人。当時の一尺はもっと短かった可能性もあり、おそらくは二メートル前後、それでも当時において、稀にみる長身だったと考えられる。
歯並びもよく、容姿端麗、とも表記されており、公式記録に残る、初のイケメン、とも言える。
兄の履中天皇が、難波の宮に滞在している時、熟睡中にやはり兄のスミノエノナカツに反逆され、放火されて命からがら石上神宮まで逃げかえる。そこに履中天皇を見舞ったら、自分も疑われたので、邪心がないことを言うと、スミノエノナカツ討伐を命じられた。
難波に着くと、スミノエノナカツの側近である隼人のソバカリを欺きつつ、「もしお前がオレの言うことを聞いたら、オレが天皇になった時に、大臣にしてやんよ」と持ち掛け、スミノエノナカツを教唆。ソバカリはスミノエノナカツがトイレに入っている隙に矛で刺殺する。
そこで、ソバカリを伴って帰路に着くと、「ヤツは大きな功績があるが、自分の主君を殺したのは不義。功績に報いないのもあれだし、約束の通りにしたらそれはそれでコエーし。功績には適当に報いて、殺っちゃおう」と心に誓う。
大阪の山口で仮宮を造営し、ソバカリに「今日はここにとどまって、まずお前に大臣の位を賜って、明日、大和に入ろう」と声をかけた。酒宴の席で、ソバカリに実際に大臣の位を授け、「さあ、ともに飲もう」と大きな酒杯を準備。
顔を覆い隠すほどの酒杯をソバカリが飲んでいる時を見計らって、座の下に遭った剣を取り出し、ソバカリの首をはねた。
そのため、この場所を近つ飛鳥と呼ぶ。翌日出立し、石上神宮の手前まで来ると、「今日はここにとどまって禊しよう」と言う。そこが遠つ飛鳥。翌日、石上神宮に参拝し、履中天皇に復命、「全部片付きました」。
そうして、ようやく疑心暗鬼だった履中天皇の信を得たという。
皇居は河内の多治比の柴垣の宮。伝承地は、大阪府松原市上田7丁目の柴籬神社。
コゴトの娘であるツノノイラツメと結婚し、カイノイラツメ、ツブラノイラツメをもうける。
同じくコゴトの娘であるオトヒメと結婚し、タカラ、タカベノイラツメをもうける。
60歳で崩御(丁丑年七月)、御陵は毛受野(もずの)にあり。宮内庁によって田出井山古墳(大阪府・堺市)が「百舌鳥耳原北陵」として治定されている。
別に、土師ニサンザイ古墳が反正天皇を被葬者候補(しかし被葬されておらず空陵)とした「東百舌鳥陵墓参考地」として治定されている。全国第8位の大きさの古墳(古墳ランキング)。
古事記の中の歴代天皇
・初代神武天皇 - 第2代綏靖天皇 - 第3代安寧天皇 - 第4代懿徳天皇 - 第5代孝昭天皇 - 第6代孝安天皇 - 第7代孝霊天皇 - 第8代孝元天皇 - 第9代開化天皇 - 第10代崇神天皇 - 第11代垂仁天皇 - 第12代景行天皇 - 第13代成務天皇 - 第14代仲哀天皇 - 第15代応神天皇 - 第16代仁徳天皇 - 第17代履中天皇 - 第18代反正天皇 - 第19代允恭天皇 - 第20代安康天皇 - 第21代雄略天皇 - 第22代清寧天皇 - 第23代顕宗天皇 - 第24代仁賢天皇 - 第25代武烈天皇 - 第26代継体天皇 - 第27代安閑天皇 - 第28代宣化天皇 - 第29代欽明天皇 - 第30代敏達天皇 - 第31代用明天皇 - 第32代崇峻天皇 - 第33代推古天皇 - 第三十四代舒明天皇
【主な登場場面】
・珍しく建国神話らしい逸話 - 「かまどの煙が見えないから3年間無税ね」の仁徳天皇
・酔いつぶれて寝ていた御殿を放火された履中天皇 家臣に寝たまま担がれて逃走~
・履中天皇「オマエも裏切るんじゃね?」、弟をけしかけ、反逆の弟を始末するの巻
【関連記事】
・世界遺産候補「百舌鳥・古市古墳群」から、被葬者が古代天皇のものを抽出して人物紹介した
・【古事記紀行2014】(5)『古事記』にはっきり記載されている唯一の神社・石上神宮
【反正天皇を祀る神社】
・方違神社 - 堺市“方位のない地”に鎮座する方災除けの神、粽祭など方除けのちまき推し
・丹比神社 - 反正天皇ゆかり、後に多治比真人の本貫、明治期に櫟本神社を合祀
・柴籬神社 - 反正天皇の宮跡、仁賢天皇の勅命により創建、歯の神で8月に祭典
【年】
・第18代反正天皇元年 - 西暦406年。午(うま)年、干支は丙午
・第18代反正天皇2年 - 西暦407年。未(ひつじ)年、干支は丁未
・第18代反正天皇3年 - 西暦408年。申(さる)年、干支は戊申
・第18代反正天皇4年 - 西暦409年。酉(とり)年、干支は己酉
・第18代反正天皇5年 - 西暦410年。戌(いぬ)年、干支は庚戌
・第18代反正天皇6年 - 西暦411年。亥(い)年、干支は辛亥
コメント