伊奢沙和気大神之命(いざさわけおおかみのみこと)

御食津大神(みけつのおおかみ)、気比大神(けひおおかみ)とも。

『古事記』に記載のある神。

第14代仲哀天皇の皇子である香坂王忍熊王の反逆を鎮圧した後、神功皇后の御子(後の第15代応神天皇)は、第8代孝元天皇の孫で近臣の建内宿禰に連れられ、近江から若狭に抜け、越前の敦賀まで赴き、仮宮を造成して禊を行う。

その時、建内宿禰の夢に現れたのがこのイザサワケの神。

「私の名を御子の名と取り換えたいと思う」と言うと、建内宿禰は「それは畏れ多いことです。仰せのままに」と答えた。

そこで、「明日の朝、浜にお出でになるがよい。名を換えた贈り物を献上しよう」と言う。

翌朝、御子が浜に行くと、鼻がひしゃげたイルカが浦にたくさん寄せていた。御子は「神は私に御食膳の魚を下された」と言ったので、この神は御食津大神と呼ばれるようになった。

そして今では気比大神と呼ばれる、という。

そのイルカの鼻の血がものすごく臭かったため、その浦を血浦と言い、それが今の敦賀となったという。

【主な登場場面】
反乱討伐後の応神天皇 神との名の交換 神功皇后の酒宴でのお出迎え

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【主な御神徳(ご利益)】
農業・漁業の神、食の神、大漁満足、商売繁盛