出雲大社復元模型。スサノヲのアドバイス、オオクニヌシの要求内容とほぼ同じ形。古代日本では日本で最も高い建造物とされていました。Wikipedia 766px-Izumo-taisha_scale_model_121281969_6127ff6b17_o宮内庁は5月27日、高円宮家の次女典子さま(25)と、出雲大社宮司を代々務める千家家の長男、国麿さん(40)のご婚約が内定したと発表しました。

最近の皇族の結婚は2005年の黒田清子さん(当時の紀宮さま)以来となります。大変おめでたいことです。

典子さまは、昭和天皇の弟、三笠宮さま(98)の三男で「スポーツの宮さま」として親しまれた故・高円宮さまと久子さまの次女。学習院大心理学科を卒業後、進学や就職はせず、皇族として宮中行事や全国障害者スポーツ大会などの行事に出席されているとのことです。

国麿さんは、出雲大社のトップにあたる宮司、千家尊祐(たかまさ)さん(71)の長男。国学院大神道学科を卒業し、現在は同神社の禰宜(ねぎ)として宮司を補佐しているようです。また、日々の祈禱(きとう)やおまもりの授与などに関わる祭務部長も務めていらっしゃいます。

お二人のご婚約、まさに古事記の時代にまで由来が遡れる、古事記世界とも、直接的なつながりがあります。

古事記において、出雲大社といえば、国つ神のドン・オオクニヌシ国譲りによって、高天原から葦原中国平定のために派遣されていたタケミカヅチに要求して、隠居する御殿として建てさせたもの。[本文

その建築構想は、オオクニヌシが黄泉の国から帰る時、義父に当たるスサノヲ(オオクニヌシ正妻スセリの父)からもらったアドバイスです。[本文

スサノヲ、オオクニヌシ、スセリの、国つ神の重鎮らによる結晶、それが出雲大社である、と言えなくもありません。

その出雲大社のトップである千家(せんげ)家は、アマテラスの子である天之菩卑能命(あめのほひ=アメノホヒ、天穂日命などとも)から連なる大変古く由緒ある家系です。

アメノホヒはアマテラスによる命令で始まった高天原の葦原中国平定で、最初に葦原の中つ国に派遣された高天原の神。

自分の息子なので、もしかしたら自信満々で派遣したかもしれませんが、アマテラスの思惑は外れ、アメノホヒはオオクニヌシに心酔したのか、結果的には高天原を裏切り、葦原の中つ国に住みついてしまいます。[本文

葦原の中つ国は今の日本です。葦原の中つ国に住みついたアメノホヒが出雲国造(いずもこくそう)家の祖となり、千家家につながっていきます。

アマテラスの直系が天孫ニニギへの受け継がれ、現在の皇室に連なっていることから考えると、皇室と千家家の祖先はもともとは兄弟同士。ニニギの父アメノオシホミミと、千家家の祖ともいうべきアメノホヒは、アマテラスを母とする兄弟です。

国譲りよりだいぶ前のこと、スサノヲが高天原に来た時、スサノヲが暴れに来たのではないかと疑ったアマテラスに対して、スサノヲは邪心がないことを示すために誓約(うけい)します。これがアマテラスとスサノヲの誓約です。

これを通じて生まれたのが、アメノオシホミミとアメノホヒの兄弟です(この誓約ではこの二柱と、その他六柱、計八柱<アマテラスの子としてアメノオシホミミとアメノホヒを含む男神五柱と、スサノヲの子・女神三柱=宗像三女神>の神が誕生しています)。[本文

紆余曲折はありましたが、数千年の時を経て、両家が再び結ばれる、というのも、日本が歴史の豊富な国であること、古事記を始めとしたすぐれた史書やそれに裏付けされた伝統が今に息づいていることを感じさせます。

お二人のご婚約はそうした歴史的な背景も踏まえますと、日本という国の誇り高さを改めて感じさせていただけるものとも言えます。

お二人のお幸せを心よりお祈り申し上げます。

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