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古事記を彩る姫たちエントリーNO.09 比売多多良伊須須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ=イスケヨリ)

初代神武天皇の皇后。東遷完了後、日向の妻とは別に、天下人にふさわしい妻を娶るために、側近の大久米命に探し出させた美女。大物主神(おおものぬしのみこと=オオモノヌシ)の娘。

大久米命が神武天皇に紹介する際の、彼女の出生譚がスゴイ。ある意味で古事記の集大成。

勢夜陀多良比売(せやだたらひめ=イスケヨリの母)という娘があまりにも美しかったので、オオモノヌシが一目惚れ。

まあ、ここまではよくあるハナシ。

大物主神(おおものぬしのみこと=オオモノヌシ)縦480pxオオモノヌシ、古事記での登場回数に比して、美女ゲット譚が二つも収録されている、女好きの神。大国主命(おおくにぬしのかみ=オオクニヌシ)と同体とされる場合があるのも、女好きという共通項で頷けます。

さて、出生譚。すでに本文では分かりやすく説明しましたが、肝なので、本文でも参考にさせていただいた梅原猛『古事記』から、該当部分を引用させていただきましょう。

その美しい人(イスケヨリの母)がうんこしているときに、(オオモノヌシが)赤く塗った矢に化けて、うんこをしている溝の上流から流れてきて、その美しい人の女陰に突き刺さりました。
イスケヨリの母はうんこの後、その矢を洗い清め、寝室に祀っていると、イスケヨリを身ごもった、という伝説です。

比売多多良伊須須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ=イスケヨリ)縦500px……現代の文芸上でも特定ジャンルを除き、なかなか出てこない表現ですが、これが1300年前の筆とは。。珍しいから記録されているのでしょうが、それでもうんこや女陰が、天皇家に関わる人の出生譚の中に登場するほど、古代日本はオープンだったのでしょう。古事記の魅力ここに極まる、ということで先を進めましょう。

さて、そんな出生譚を持っているイスケヨリ、当初は富登多多良伊須須岐比売(ほとたたらいすすきひめ)と名乗りました。しかし、「ほと」が女陰を指す言葉であり、出生譚にちなんだものとはいえ、本人が嫌がったようで、改名して、イスケヨリになったということです。

古事記には収録されていませんが、「ほと(女陰)と呼ばないでっ!」というイスケヨリの心の叫びが聞こえてきそうです。

さて、神武天皇のイスケヨリのゲット譚、それはそれで大久米命の活躍や歌(久米歌というぐらい、歌に精通した一族の長)など楽しい展開ですが、それは本文を見てもらうとして、その後の話。

神武天皇の亡き後、神武天皇が日向にいたころの妻との間の子・多芸志美美命(たぎしみみのみこと=タギシミミ)と再婚させられるイスケヨリ。タギシミミとは義理の母子関係だったのですが、当時の慣習上、生母以外の父の女との結婚自体は禁忌ではありません。女も相続できる財産だったのでしょう。

ただ、軽ーい、NTRではあるような。

さておき、タギシミミが神武天皇とイスケヨリの間の子らの殺害を企てます。自分の実の子どものピンチ、イスケヨリは子らに歌を送り、危機を知らせます。新しい旦那を裏切っているところに、タギシミミとの結婚がイスケヨリの本意ではなかったことがうかがえます。

神武天皇縦480pxいくら生母ではない、といっても、先代の皇后だった女性を娶るというタギシミミのやり方にも周囲から反発があったかもしれません。

このタギシミミの企みはイスケヨリの歌によって、イスケヨリの子らが先手を打つ形で、タギシミミを討ち果たし、とん挫します。タギシミミを実際に殺したのが、三男の神沼河耳命(かむぬなかわみみのみこと)、後の第二代・綏靖天皇です。

沼河比売(ぬなかわひめ=ヌナカワ)の時にも指摘したように、この綏靖天皇とヌナカワとの名前の共通性があります。

天孫の家系・天つ神と、スサノヲから始まりオオクニヌシ(=オオモノヌシ)で大成しつつも一度は敗退する国つ神。神武とイスケヨリの結婚はこの両者の融合だったと思われます。

まだ純粋な天つ神の雰囲気を残す、神武の日向時代の子タギシミミの反逆は、天つ神―国つ神連合への反旗だったのかもしれません。綏靖天皇の登場で、神武・イスケヨリの天つ神―国つ神連合が本筋になった、その中からオオクニヌシの現地妻の一人と名前が共通する天皇が現れた、と理解できそうです。

イスケヨリはタギシミミの反逆における、子らに危機を知らせる歌を詠むことで、古事記での登場は終了となります。

Omiwa-jinja_haidenその後のエピソードなども多くはありません。本稿では、名前について、特にその「ほと」にスポットを当てましたが、改名前後で共通している言葉「たたら」、あるいは母親の名前に含まれている「だたら」も入れると、製鉄関係に深い一族を示唆している、との指摘もあります。

日本書紀ではヒメタタライスズヒメ(媛蹈鞴五十鈴媛命)と表記されます。彼女を祀っている神社としては、大和国一宮大神神社の摂社である率川神社(奈良県奈良市)があります。ここではご両親とともに祀られているため、古くより「子守明神」とたたえられ、安産、育児、生育安全、家庭円満の神様として信仰されていると言います。

本社の大神神社(おおみわじんじゃ 奈良県桜井市)は、オオクニヌシが少名毘古那神(すくなびこなのかみ=スクナビコナ)とともに国造りして、その途上で常世の国に帰ってしまったスクナビコナ。悲嘆したオオクニヌシの前に現れたオオモノヌシが、「三輪山を祀りな~」と言ったことから興った、日本一古い神社だと言います。

大神神社には率川神社をはじめ多くの摂社があり、イスケヨリを含むオオモノヌシ一族が丁重に祀られていることが分かります。

なお、綏靖天皇の兄にあたる、イスケヨリのもう一人の息子、次男である神八井耳命(かむやいみみのみこと)は弟の綏靖天皇と協力してタギシミミを討ち果たしましたが、タギシミミを誅することができずに、弟に殺してもらったために、皇位を弟に譲ったという経緯があります。

神八井耳命はその後、神を祭る仕事に就きます。多神社の始まりです。その子孫に太安万侶(おおのやすまろ)が出ます。古事記の編纂者です。イスケヨリの功績は、神武皇后、二代目の母というばかりではなく、古事記を産んだ家系の祖でもあるわけです。

長男・日子八井命(ひこやいのみこと)については、記憶がありません。

※画像は、大神神社の拝殿(出典:Wikipedia)

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【関連キャラ】
イスケヨリ - 神武皇后、スカトロ的出生譚の美女
神武天皇 - 初代は血筋が良い、おっとり貴公子?
オオモノヌシ - 祟ると寝取るの神様は三輪山のドン
大久米命 - 神武の片腕は斜に構えた万能の自信家