2.イザナギとイザナミ
2-1.二神の結婚
この神世七代の最後の二人、「国産み」「神産み」でまずは有名です。天神(別天神(ことあまつかみ、別天津神とも)のことか)に与えられた天沼矛(あめのぬぼこ)で、二人はまず、淤能碁呂島(おのごろじま=オノゴロ島)を作ります。この島、現在までに実在説、架空説が入り組んでおります。二人はこの島に降り立って、天之御柱(天の御柱)と八尋殿を建て、結婚、性交するのですが、その際の二人の会話が有名です。
イザナギ「あなたの体はどのようにできていますか」
イザナミ「私の体には、成長して、成長していないところ(女陰のこと)が1ヶ所あります」
イザナギ「私の体には、成長して、成長し過ぎたところ(男根のこと)が1ヶ所あります。そこで、この私の成長し過ぎたところで、あなたの成長していないところを刺して塞いで、国土を生みたいと思います。どうでしょう?」
イザナミ「それがよろしいでしょう」
そして二人は天の御柱をお互い左右から回り、出会ったとたん。
イザナミ「まあ、本当にすてきな男性ですね」
イザナギ「やあ、本当に美しい女性ですね」
となり、少し考えるイザナギ。そして、ポツリ。
イザナギ「どうも女が先に言うのはしっくりしない」
イザナギの予言が当たったのでしょうか、その時の性交ではちゃんとした子供が生まれませんでした。最初に生まれたのが水蛭子(ひるこ=ヒルコ)です。不具の子だったので、オノゴロ島から流してしまいました。次いで生まれたアハシマもうまく育たず、流されてしまいます。
なぜちゃんとした子供が生まれないのか不思議に思った二人は、別天津神にお伺いを立てます。そうしたら、「チョメチョメは男から誘うものだよ、女から誘ったらダメ」とのこと。別天つ神は独神なのに男女の機微に聡いですね。今度からはイザナギが誘うようにしたら、国産みが始まりました。
それにしても男性から誘わなければうまく子供ができない、というのは、男尊女卑的な考え方が反映されているかもしれません。無論、神話のこの時代、儒教はありませんし、むしろ子孫を生み続けていく女系の方に力があったはず(最高神アマテラスも女神だし)なのですが、神話としてまとめられた時にはもしかすると儒教の影響が入って来たかもしれないですね。
順調に国産みが始まってしまうと話に面白みがなく、何か失敗譚を入れたい、と考えた時に、このようなお話が挿入された、というのはあり得ることかもしれません。その時に、神話編纂当時の最新鋭科学・儒教の考えが割り込んだ、かもしれません。ただ、ここまであっぴろげな性描写と、儒教というのも結びつかない気もするのですが。。
また、イザナミからリードした二人の子供が縄文人や縄文文化を、その後イザナギからリードして生まれた子供たちが弥生人や弥生文化を象徴しているという説もあるようです。水蛭子やアハシマは二人の子としては数えられないので、天つ神は縄文を切り捨てた、という考え方に発展するそうです。
ただ、縄文と弥生、この二つの文化圏はもちろん対立もあったでしょうが、融合していって、そうして日本ができていく、という側面もあって、上記のような解釈だと、単純な二元論になってしまい、事実そのものに反するし、神話の作成・編集者の両文化圏の解釈がそのようなものだったとしても、もう少し神話に二つの対立軸を織り込むような気もしていて、ものすごい説得力があるとは思えません。。個人的に。
※画像は、「伊邪那岐神と伊邪那美神の国産み」Google画像検索結果のキャプチャー。
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・大鷲神社(栄町) - 春日局が祈願、紅白出場歌手続出、子授け・性信仰の魂生大明神
【関連キャラ】
・イザナギ - 日本のとーちゃんはオクテだった?
・イザナミ - 自分から男を誘う積極的な女神
【古事記の神・人辞典】
・イザナギ
・イザナミ
・ヒルコ
・アハシマ
2-1.二神の結婚
この神世七代の最後の二人、「国産み」「神産み」でまずは有名です。天神(別天神(ことあまつかみ、別天津神とも)のことか)に与えられた天沼矛(あめのぬぼこ)で、二人はまず、淤能碁呂島(おのごろじま=オノゴロ島)を作ります。この島、現在までに実在説、架空説が入り組んでおります。二人はこの島に降り立って、天之御柱(天の御柱)と八尋殿を建て、結婚、性交するのですが、その際の二人の会話が有名です。
イザナギ「あなたの体はどのようにできていますか」
イザナミ「私の体には、成長して、成長していないところ(女陰のこと)が1ヶ所あります」
イザナギ「私の体には、成長して、成長し過ぎたところ(男根のこと)が1ヶ所あります。そこで、この私の成長し過ぎたところで、あなたの成長していないところを刺して塞いで、国土を生みたいと思います。どうでしょう?」
イザナミ「それがよろしいでしょう」
そして二人は天の御柱をお互い左右から回り、出会ったとたん。
イザナミ「まあ、本当にすてきな男性ですね」
イザナギ「やあ、本当に美しい女性ですね」
となり、少し考えるイザナギ。そして、ポツリ。
イザナギ「どうも女が先に言うのはしっくりしない」
イザナギの予言が当たったのでしょうか、その時の性交ではちゃんとした子供が生まれませんでした。最初に生まれたのが水蛭子(ひるこ=ヒルコ)です。不具の子だったので、オノゴロ島から流してしまいました。次いで生まれたアハシマもうまく育たず、流されてしまいます。
なぜちゃんとした子供が生まれないのか不思議に思った二人は、別天津神にお伺いを立てます。そうしたら、「チョメチョメは男から誘うものだよ、女から誘ったらダメ」とのこと。別天つ神は独神なのに男女の機微に聡いですね。今度からはイザナギが誘うようにしたら、国産みが始まりました。
それにしても男性から誘わなければうまく子供ができない、というのは、男尊女卑的な考え方が反映されているかもしれません。無論、神話のこの時代、儒教はありませんし、むしろ子孫を生み続けていく女系の方に力があったはず(最高神アマテラスも女神だし)なのですが、神話としてまとめられた時にはもしかすると儒教の影響が入って来たかもしれないですね。
順調に国産みが始まってしまうと話に面白みがなく、何か失敗譚を入れたい、と考えた時に、このようなお話が挿入された、というのはあり得ることかもしれません。その時に、神話編纂当時の最新鋭科学・儒教の考えが割り込んだ、かもしれません。ただ、ここまであっぴろげな性描写と、儒教というのも結びつかない気もするのですが。。
また、イザナミからリードした二人の子供が縄文人や縄文文化を、その後イザナギからリードして生まれた子供たちが弥生人や弥生文化を象徴しているという説もあるようです。水蛭子やアハシマは二人の子としては数えられないので、天つ神は縄文を切り捨てた、という考え方に発展するそうです。
ただ、縄文と弥生、この二つの文化圏はもちろん対立もあったでしょうが、融合していって、そうして日本ができていく、という側面もあって、上記のような解釈だと、単純な二元論になってしまい、事実そのものに反するし、神話の作成・編集者の両文化圏の解釈がそのようなものだったとしても、もう少し神話に二つの対立軸を織り込むような気もしていて、ものすごい説得力があるとは思えません。。個人的に。
※画像は、「伊邪那岐神と伊邪那美神の国産み」Google画像検索結果のキャプチャー。
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【関連キャラ】
・イザナギ - 日本のとーちゃんはオクテだった?
・イザナミ - 自分から男を誘う積極的な女神
【古事記の神・人辞典】
・イザナギ
・イザナミ
・ヒルコ
・アハシマ
コメント
コメント一覧 (3)
これからも古事記とその世界をできるだけわかりやすく伝えていきたいと思います。よろしくお願い申し上げます。
ほほえましい。
神話ってええですね。