もとは金倉山の山頂鎮座、遷座後は熱田明神、室町期の神剣伝わる
小丹生神社 新潟県見附市名木野町1359
[住所]新潟県見附市名木野町1359
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小丹生神社(をにふじんじゃ)は、新潟県見附市名木野町にある神社。刈谷田川の南岸、信越本線の見附駅の南東約3.5キロ。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「小丹生神社(越後国・古志郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。住所は熱田町541とも。

創建年代は不詳。主祭神は、波多武日子命。大彦命の御子神で、新羅の王女である天美明命を娶り、越の中ツ国に館を定め小丹生(をにふ)の三官(みきみ)と称していたという。

小丹生の三官の後裔である古志連が、祖神を小丹生ケ岡に祀ったのが当社の起源である。現在の小千谷(旧山古志村)の最高峰である標高581メートルの金倉山の山頂。

平安時代の天喜年間(1053年-1058年)、熱田ケ岡の現在地に遷座した。そのため、熱田明神(熱田神社)とも呼ばれるようになった。

なお、金倉山の山頂には現在、三宅神社の奥ノ院が鎮座している。ちなみに、小丹生の三官に従った、漢の高祖の裔とされる王仁公は、長岡市宮内の高彦根神社で祀られているという。

その後、須佐之男命の御分霊が勧請、合祀され、それにちなむ神楽や神剣が伝えられた。神剣は室町時代初期に信国によって製作されたもの。

地名と須佐之男命から、熱田八剣と呼ばれ、長く当社の神宝として祀られてきまたが、安土桃山時代の慶長年間(1596年-1615年)に所有が三条市荒町の槻田神社に移った。

その槻田神社が明治時代に三条八幡宮に合併された際、神剣も八幡宮に移った。

太久神楽は、当地方の出雲流神楽の発祥地といわれ、三条神楽や栃尾神楽などに大きな影響を与えたという。

当社は歴代領主からも崇敬され、庇護されて、中世は上杉家、江戸時代には長岡藩の藩主牧野家から信仰された。

明治になり、現社号に復し、明治4年(1871年)、村社に列した。御祭神は波多武日小命・天美明命・須佐之男命。

建南方命天照皇大神も併せて祀るとも。例祭は5月15日に近い土・日曜日で春祭り。なお、式内社「小丹生神社」の論社は他に、長岡市島崎の宇奈具志神社がある。

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小丹生神社 新潟県見附市名木野町
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