式内・小丹生神社を主張、8月に弓踊り行列、「良寛の里」
宇奈具志神社 新潟県長岡市島崎4753
[住所]新潟県長岡市島崎4753
[電話]0258-74-2571

宇奈具志神社(うなぐしじんじゃ)は、新潟県長岡市島崎にある神社。越後線の小島谷駅の北約1.2キロ。参拝すれば、御朱印を頂ける。

『延喜式神名帳』にある「小丹生神社(越後国・古志郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

奈良時代前期の養老年間(717年-724年)、現社地の南800メートルほどの字大田に出現したため、出田神社(いづるたじんじゃ)と称した。

御祭神は猿田彦大神の後裔である太田命。当村の産土神として崇敬されたが、一説に、御祭神は鍋ブタに乗って降臨したといい、醸造の神、麹の神でもあるという。

鎌倉時代中期の宝治2年(1248年)、現在地に遷座した。現在も旧地には水田の中に石祠があり、神廟と呼ばれている。

江戸時代に入ると当地は天領となり、当社領2石が安堵された。江戸時代前期の延宝6年(1678年)には3石7斗7升1合5勺が加増された。

天和元年(1681年)、火災により社殿が焼失した。江戸時代中期の享保年間(1716年-1736年)に再建され、江戸時代後期の文政10年(1827年)に改築された。

現在の社殿は改築当時のもので、入母屋、銅板葺、平入、桁行4間、正面1間向拝付き、外壁は素木板張り、本殿は覆い屋内部のため不詳。

明治3年(1870年)、現社号に改称。明治6年(1873年)、村社に列し、明治39年(1906年)には神饌幣帛料供進社に指定された。

現在も当社は一貫して式内社「小丹生神社」を主張しているが、古志郡の式内社に、当社と同名の神社がある。

明治の改称時になぜ「小丹生神社」にしなかったのか不詳。式内社「小丹生神社」の論社は他に、見附市名木野町の式内同名神社がある。

出雲崎町乙茂に当社と同名神社がある。こちらが式内社「宇奈具志神社」の論社となっている。

明治40年(1907年)9月、天王社(素戔嗚命)、金刀比羅社(大物主命)、諏訪社(建南方命)の合祀が許可され、翌明治41年(1908年)12月、合祀するとともに、幣殿を造営した。

例祭は4月15日。現在地への遷座の日とされている。1月14日に筒粥祭があり、往古より伝わる神事で、五穀の豊凶を占う奉幣式である。

8月16日には六夜待祭が斎行される。もとは8月26日に行われていたが、秋季大祭の前夜祭で、夜に神輿の巡行があり、子供を中心にした弓踊り行列が行われる。

「六夜祭 弓踊り行列」とも。弓踊りは市の無形文化財に指定されている。

境内社に、宝永7年(1710年)2月創立の十二社、弘化元年(1845年)5月創立の神明社(伊勢社)、創立不詳の稲荷社、明治33年(1900年)創立の古峯社がある。

当地は江戸時代後期の曹洞宗の僧侶、歌人、漢詩人、書家である良寛ゆかりの地で、当社の近くには「良寛の里」もある。当社境内には、下記の良寛歌詩の石碑がある。

いずれの処にか蒸突を消さん ひとり愛す 出田宮 民々耳に盈つる蝉 冷々林を出づる風


みはやしは いづくはあれど越路なる 三島の里の 出田の宮
【ご利益】
産業振興、事業成功、五穀豊穣、リフレッシュ
宇奈具志神社 新潟県長岡市島崎
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