三つの滝に対する信仰が創祀、古墳群も、中世からは御嶽神社
劒刀石床別命神社 静岡県三島市谷田293
[住所]静岡県三島市谷田293
[電話]-

劒刀石床別命神社(つるぎたちいわとこわけのみことじんじゃ)は、静岡県三島市谷田にある神社。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「剣刀石床別命神社(伊豆国・田方郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

伊豆箱根鉄道駿豆線の三島二日町駅の東、県道142号線の近くで、近くには錦田小学校がある。

創祀年代は不詳。社伝によれば、当社北東1.5キロほどにあった、「一の滝」「二の滝」「三の滝」と称される滝に対する信仰が当社の創祀という。

うち二の滝・三の滝は鉄道敷設によって失われたが、一の滝は三島市竹倉に現存する。この一の滝は古称を嶽座という。

その竹倉の「劔なす石床」から湧く水に対する信仰に始まるともいう。現在道路によって分断されている当社背後の台地とはかつて地続きであった。

その台地には古墳群が確認されている。いわゆる向山古墳群である。このことから、古墳時代から当地で神祭が行われたと推測されている。

当社が式内社であるとすれば、一の滝・二の滝・三の滝の石床・絶壁が「剣刀石床」を表すとされる。

当地の人々が嶽座(竹倉)山麓の剣なす石床から流出する渓水で農業などの生活用水とした、ともされるが、刀剣や金属鉱床・鍛冶などとの関係も考えられる。

なお、読みは九条家本で「ツルキタチイハトコ」と振られるが、他に「ケムトノイハトコ」と振る写本もある。

『伊豆国神階帳』では、「従四位上 たき山の明神」または「従四位上 なつめの明神」が当社に比定される。

中世末頃には山岳信仰である修験道と習合し、「御嶽大権現」とも称された。御祭神は、劒刀石床別命(つるぎたちいわとこわけのみこと)と日本武尊

文亀2年(1502年)の棟札以降、天正(1573年-1593年)・元文(1736年-1741年)・文政(1818年-1831年)・嘉永(1848年-1855年)などの棟札がある。

また、明和(1764年-1772年)の鳥居扁額を掲げている。明治6年(1873年)、村社に列した。

明治の神仏分離に際して、御嶽神社を称したが、昭和23年(1948年)に現社号に改称。現在は俗に「谷田御門神社」とも呼ばれる。

例祭は10月15日。境内社に、八坂神社・秋葉神社、山の神神社がある。毎年1月15日と7月15日には、この山の神神社の弓で矢を的に射る神事が催行されている。

なお、式内社「剣刀石床別命神社」の論社は他に、伊豆の国市韮山山木の皇大神社の境内社である瀧山明神がある。

【ご利益】
五穀豊穣、事業成功、産業振興
劒刀石床別命神社 静岡県三島市谷田
【関連記事】
静岡県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、静岡県に鎮座している神社の一覧