もと手力山、近世に山神、明治期に現社号に改称の式内論社
引手力男神社 静岡県伊東市十足150
[住所]静岡県伊東市十足150
[電話]-

引手力男神社(ひきてちからのみことじんじゃ/ひきたぢからのみことじんじゃ)は、静岡県伊東市十足にある神社。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「引手力命神社(伊豆国・田方郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

伊豆急行線の川奈駅の南西約6キロほど、国道135号線を経由して、大池小学校を経て、一碧湖を越えて進む。

創祀年代は不詳。社伝によれば、もとは現在地の西3キロほどの初本村、手力山の樹林の中に鎮座したという。

その地は、飛鳥時代末期、第42代文武天皇(在位:697年-707年)、役小角が伊豆国へ流された折、ひそかに山中に入って、通法の修行をおこなった所だという。

式内社「引手力命神社」については、1.手力山にあった当社、2.沼津の大瀬崎(大瀬神社)、3.熱海錦ケ浦の洞窟、4.引手から変化した肥田(肥田神社)という説がある。

当地の人々は、かつて炭焼きを生業とし、山谷を活動の場としていた。近世になって、江戸時代前期の慶安5年(1652年)、現在地に遷座した。

婦人安産の守護神として崇敬されるようになった。以前は、十足の山神とも、「タチカラノミコト」とも称されていた。

旧別当は龍雲寺。明治2年(1869年)、現社号に改称した。明治6年(1873年)9月、村社に列した。御祭神は手力男神。例祭は10月15日。

昭和25年(1950年)、火災により焼失。その後建立した木造の社殿が朽ちたため、昭和51年(1976年)、コンクリートの社殿を建立した。

社前には宮川が流れ、宮橋という橋がかかる。境内社に、水波能女神社、金桜神社がある。

【ご利益】
地域安全、事業成功、技芸・スポーツ上達
引手力男神社 静岡県伊東市十足
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