關野・鹿島大明神、馬主神社とも、白ひげ明神と代々続く神職家伝説
神妻神社 静岡県浜松市天竜区佐久間町半場746
[住所]静岡県浜松市天竜区佐久間町半場746
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神妻神社(かづまじんじゃ)は、静岡県浜松市天竜区佐久間町半場にある神社。天龍川(天竜川)と大千瀬川の合流点の南にそびえる神妻山の中腹。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「馬主神社(遠江国・周智郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では郷社。

奈良時代後期の宝亀2年(771年)に創祀したと伝わる。御祭神は武甕槌神。中古には關野大明神と称えたという。

江戸時代前期の慶安3年(1650年)、鹿島大明神と改め、江戸時代中期の元文元年(1736年)11月には神妻大明神と改めた。江戸時代は朱印高27石5斗を有した。

社伝によれば、当社ゆかりの巫女が鹿島神に祈請したところ、月の光が懐に入る夢を見て懐胎し、男子を生んだとされる。

その子孫が月花氏(月家氏)を称し、当社神職を勤め、その祀る神を神妻というようになったとされる。

現在の神職も月花氏で、社家として代々奉仕しているという。文化13年(1816年)の吉田家からの神道裁許状を所蔵しているという。

当社には御祭神の雷、転じて水神、五穀豊穣の神として、当社神官と、「椎ケ沢の白ひげ明神」に関する説話が残る。

明治3年(1870年)12月、馬主神社と改めたが、明治6年(1873年)3月に現社号に改称して郷社に列した。明治40年(1907年)1月12日、神饌幣帛料供進社に指定された。

現在までに相殿には大國魂命、伊弉冉尊を祀る。例祭は10月16日。現在はその前の日曜日。『静岡県磐田郡誌』によれば、摂社2社、末社13社があるという。

社叢は「神妻の森」と称し、スギ、サクラ、ヤブツバキ、アオキ、ケヤキ、イチョウなどが見られる。

社殿に向かって右側奥にスギの御神木があり、根元でケヤキと一体となっている。樹高50メートル、幹囲5.3メートル。

朱塗りの神門の扁額には「神妻神社」とあり、榎本武揚の書。明治22年(1889年)2月の銘がある。

なお、式内社「馬主神社」の論社は他に、森町三倉字大久保の八幡神社、中部の馬背神社、相月の諏訪神社がある。
椎ケ沢の白ひげ明神
昔、当社神官に月花若狭守という人がいた。ある晩、椎ケ沢に住む背丈が5メートル、右手に杖を持った大男の白ひげ童子が24センチ四方の社を造って祀れと夢で告げた。

若狭守はその通りに行い、祝詞を上げた。それから数年がたったある年、雨の降らない日が続いた。川の水は干上がり、畑の作物は枯れる寸前。

困った村人は村の神に雨乞いしたが、雨は降らず。さらに秋葉神社に参拝しようとその道中、白いひげをはやした坊主に会った。

坊主「どこへ行きなさるかね」
村人「日照り続きなので、秋葉神社に雨乞い祈願に」
坊主「そうですか。それでは、まず行って来なされ」

村人たちは、坊主の様子を不思議に思ったが、そのまま秋葉神社に参拝。その帰路、今朝出会った坊主が立って待っていた。

坊主「神妻神社に相談に行ったらどうだ」

そこで村人たちは神妻神社の神官である若狭守と相談し、お神酒とお洗米を用意して白ひげ明神にお祈りすることにした。すると大雨が降った。

【ご利益】
五穀豊穣、地域安全、家内安全
神妻神社 静岡県浜松市天竜区佐久間町半場
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