西都原古墳群の大山祇塚、石貫階段の下の杉木立、鬼の伝承と天井岩
石貫神社 宮崎県西都市三宅4615−ロ
[住所]宮崎県西都市三宅4615−ロ
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石貫神社(いしぬきじんじゃ)は、宮崎県西都市三宅にある神社。近代社格では無格社。御朱印の有無は不明。

西都原古墳群大山祇命の伝承墓から、長い石貫階段を降りてすぐ、左手参道の奥に、杉木立に囲まれた地にひっそりと鎮座している。東には童子丸神社がある。

当社は木花開耶姫の父の大山祇命を祀る。古くは日能若宮・石貫大明神と称された。創建は奈良時代の天平5年(733年)と伝えられる。

創建時の記録とされる『日能若宮元元由来記』」によれば、その社地は「大山祇命(中略)阿佐久良山槵木原五百世山元築波山云留彼所事、歳月遠座也」だという。

筑波御殿の遺称とも。室町時代の応永24年(1417年)、社殿改修に当たり神饌田が加増された。

以来応永25年-27年(1418年-1420年)、永享2年(1430年)4月、11年(1439年)5月、天文3年(1534年)4月、同年12月にわたって、神饌田の増加の記録が現存する。

戦国時代の弘治2年(1556年)、神田12町1反歩の寄進を受けた。天正15年(1587年)の豊臣秀吉の島津出兵に際し、当社は軍令に従わなかったとして、社領が没収された。

明治初年(1868年)、神社明細帳制定に際しても登録漏れとなり、明治14年(1881年)12月27日に出願、昭和16年(1941年)4月、ようやく無格社となった。

参道入口右手に大きな石が祀ってあるが、この石には木花開耶姫に恋をした鬼の哀しい物語が秘められている。

鬼が美しい木花開耶姫に恋をしてしまった。鬼は結婚を申し込んだ。父神の大山祇命は、鬼が変化した男の申し出に困惑した。

そこで大山祇命は「一夜で石造りの館を建てることが出来れば、娘と結婚させよう」と難題を出して約束した。

鬼は夜を徹して岩の御殿をほぼ造り上げた。西都原古墳群内の唯一の横穴式石室を持つ円墳「鬼の窟」のこととされる。

ともかく、一息ついた鬼は、ついうたた寝をしてしまった。その隙に大山祇命は岩の御殿の天井岩を一つ引き抜き、東方の谷間に放り投げた。

岩が一つ抜けた御殿は未完成である。このことを理由に大山祇命は、娘との結婚を破談にしてしまった。全国各地に伝わる鶏鳴伝説の一つと思われる。

それがこの当社の石で、石貫の地名、当社名の由来。鬼は大山祇命を深く恨み、いろいろな祟りをなしたという。その天井岩が落ちた場所に当社が建てられた。

鶏鳴伝説の場合、鬼は逃げるパターンが多いと思われるが、ここでは、怨霊神となったことで、当社創祀の根源となったものか。

例祭は11月29日。当社から169段の階段を上った西都原古墳群内の大山祇塚の前方部前で神事が挙行される。

境内社に、赤井神社(木花開耶姫命外1柱)、門神社(岩間戸二柱之神)、二宮神社(児屋根命太玉命)、風神社(級戸神外4柱)、篠貫神社(磐長姫命)がある。

【ご利益】
家内安全、良縁、縁結び
石貫神社 宮崎県西都市三宅
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