笠岡諸島、神武天皇が占った神卜山や真奈井、高島宮候補
高島神社 岡山県笠岡市高島4690
[住所]岡山県笠岡市高島4690
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高島神社(たかしまじんじゃ、高嶋神社)は、岡山県笠岡市の笠岡諸島の中の高島にある神社。御朱印の有無は不明。

創祀年代は不詳。島には、1万年前から人々が住み、石器・縄文・弥生・平安時代にいたる長い年月人々が居住していた。

これらの時代の石器・土器・貝類の出土する古墳や遺跡など数多く残っている。長方形後方式の高須塚古墳などがある。

当地は『古事記』では8年、『日本書紀』では3年、初代神武天皇が滞在した、吉備の高島宮跡の候補地の一つ。

島の最高峰である神卜山(かみうらやま)山頂は、神武天皇が高島に滞在した際、吉凶を占った山だという。

山頂には、遙拝石と磐座東の二基の立石がある。また島内には西と南にも磐座があって、南磐座には鳶の頭部浮彫の彫刻があり、河内の豪族長髄彦との合戦の縁だという。

現在、山頂には大正8年(1919年)に築造された「高島行宮遺阯」と題する高さ8メートル、重さ225トンの巨大な自然石の碑がある。

他に、島内には神武天皇が天つ神にお供えする水を取ったと伝えられる真奈井(まない)という井戸がある。

当社の由緒などは不詳だが、当地が吉備高島行宮の遺跡と伝えられている。神武皇帝宮・神武天皇宮・神武天皇神社・神武天皇社などと呼ばれた。

御祭神は神武天皇。例祭は5月5日。明治になり現社号に改称した。明治12年(1879年)、官幣大社創設を請願、実現はしなかったようだ。

明治14年(1881年)、内務卿から太政官に伺い出て、允許され、お手植の榊を植え、玉垣を建造、官有地に編入された。

お手植の榊は三代目を最後に枯渇した。現在は神卜山の登山口をくぐり山道の右側に石造の玉垣だけが残っている。

島内には他に、陰石としては日本でも稀に見る巨大な子はらみ石がある。いわゆる磐座の一つで、昔から良縁、子授け、安産、婦人病の霊神として信仰されている。

なお、本土側の対岸に神島神社がある。神島神社の由緒によれば、神島神社は高島から遷座したとも。当社と関わりがあるか。

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高島神社 岡山県笠岡市高島
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