田の浦明神、田之浦は田土浦の誤記? 美しい瀬戸内海の火除の神
[住所]岡山県倉敷市下津井田之浦1-15-30
[電話]086-472-5330

田土浦坐神社(たつちのうらにましますじんじゃ)は、岡山県倉敷市下津井田之浦にある神社。瀬戸内海にかかる瀬戸大橋の北の付け根、田之浦港を見下ろす丘の上に鎮座する。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 山陽道神 備前国 児島郡「田土浦坐神社」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では無格社。

創祀年代は不詳。通称は、田の浦の明神様(たのうらのみょうじんさま)。もとは田之浦神社と呼ばれたか。

鎮座地の田之浦と式内社名の「田土浦」の近似が根拠となっているようで、どちらかかがどちらかに転訛した、と考えられている。

あるいは、地名は田之浦ではなく、田土浦が正しい、との指摘もある。

古来、当社から東南にある岬「クスミノハナ(久須美鼻)」から西、下津井の西外れに至る海岸、およそ数キロメートルを田土浦と総称していたという。

当社に残る石製手水鉢などにも田土浦村と刻んでいる。

現在の御祭神は、大綿津見神。異説として、水門神、速秋津日命葛木襲津彦命などが挙がる。当地は瀬戸内海の要衝の地。その地に、海の神、水の神、港の神が祀られた。

近世には、新庄八幡宮の摂社となり、御祭神も伊弉諾尊伊弉冉尊とされていた時期もあるという。

火難除けのご神徳があるとされる。これは、当社御祭神が「の嫌いな神」、ということからきているようだ。伊弉冉尊はまさに符合する。伊弉諾尊は「火」を斬っている。

江戸時代中期の元文4年(1739年)12月、現社号に改称した。古老の言い伝えによれば、当社の往昔の建築は極めて巨大だったという。

江戸時代後期にかけての、延享2年(1745年)、文政元年(1818年)に社殿が造営された記録が残る。本殿は一間社流造・銅板葺きで文政元年の再建と考えられている。

例祭は7月第3日曜日で夏祭。この際に授与される「火除札」(ひよけのおふだ)は特に御神徳が高いことで知られる。

瀬戸内海国立公園鷲羽山から田之浦、吹上、下津井にかけての瀬戸内海、海岸の風光明媚さには定評がある。鷲羽山から櫃石島に架かる下津井瀬戸大橋は、当社の拝殿のすぐ脇。

アニメ映画『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』に、当社から見た瀬戸内海の美しい風景が登場することでも知られる。

なお、式内社「田土浦坐神社」の論社は他に、岡山市の南区宮浦の高島神社、南区阿津の廣幡八幡宮がある。

【ご利益】
火防、厄災除け、旅行・交通安全
田土浦坐神社 岡山県倉敷市下津井田之浦
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