崇神朝の創祀、もとは「御板」、江戸初期本殿が重文
春日神社 福井県鯖江市鳥井町12-31
[住所]福井県鯖江市鳥井町12-31
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春日神社(かすがじんじゃ)は、福井県鯖江市鳥井町にある神社。日野川西岸、県道229号線の北陸道の北、県道104号線の南の地。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』越前国丹生郡にある「大山御板神社」、敦賀郡にある「伊多伎夜神社」に比定される式内社(小社)の論社、参考社。近代社格では郷社。

社伝によれば、第10代崇神天皇の御宇、大彦命の北陸道下向に際し、当国の元大山にいる賊を退治しようとして、丹生郡宮崎舟場より当地に着陣した。

そこで、当地において、御板を立てて、軍神武甕槌神経津主神の二神を奉祀し、賊を征伐したという。その神徳により、大彦命から「御板」の社号を贈られた。

『越前国神名帳』には「従五位 御板神」とある。なお、式内社「大山御板神社」の論社は多く、下記の各社がある。

・福井市片粕町の八幡神社
・越前町乙坂の大洗磯崎神社
・越前市若竹町の神明神社
・越前市三ツ口町の神明神社
・越前町大谷寺の越知神社

平安時代の治暦4年(1068年)4月、藤原隆家が信濃国諏訪大社へ勅使として下る途中、当社に天児屋根命・比咩大神を合祀し、現社号に改称した。

当社には、大山御板神社の荒魂である御板部岡神の御神託によって造営された桜鬼大明神という末社があった。

この神は荒魂だったので、村民が穢れ物をもって境内の前を通ると罰が与えられた。そこで、志摩村・岸村の両村の者が、密かに御神体を川に流してしまった。

ところが、南北朝時代の康安元年(1361年)6月18日巳の刻、大地震と大洪水が起こり、日野川の流れが変わって、両村は流失、全滅したという。

延元年間(1336年-1339年)と安土桃山時代の天正年間(1573年-1593年)の兵火により、社殿が焼失し、一時衰退した。

江戸時代初期の慶長18年(1613年)、再建された。これが現存する本殿と考えられ、三間社流造、こけら葺、桁行4メートル、側面梁行2.55メートル、向拝1.43メートル。

組物や彫刻、工法など江戸初期の神社本殿建築を伝える貴重なものとして、国の重要文化財に指定されている。

江戸時代中期の宝暦4年(1754年)、覆屋が建築された。当社は近郷15ヶ村の総社として崇敬された。鯖江藩士の弓術・砲術の献額が残されている。

また、拝殿に安置されている狛犬一対は室町時代に制作されたもの。いずれも高さ54センチ程度、桧材の一木造で、市指定文化財。

『大日本史』に、「舊在刀禰村伊多伎夜谷、後移丹生郡鳥井村、曰春日明神」とあり、式内社「伊多伎夜神社」の後裔とも。他の参考社に、敦賀市刀根の気比神社合祀の山神神社がある。

当社の境内社に、真田幸村を討ちとった西尾宗によって祀られた若宮八幡神社と白山神社という末社があったが、後年、若宮八幡神社は当田に、白山神社は下司に遷座した。

【ご利益】
厄災除け、武運長久・勝運、健康長寿、一族・子孫繁栄
春日神社 福井県鯖江市鳥井町
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