須佐之男命が奇稲田媛命の産所に定めた「静かできれいな谷」
河邊神社 島根県雲南市木次町上熊谷1462-1
[住所]島根県雲南市木次町上熊谷1462-1
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河邊神社(かわべじんじゃ、河辺神社)は、島根県雲南市木次町上熊谷にある神社。斐伊川の西岸、斐伊川が大きく蛇行するまさに河辺(川辺)に鎮座する。御朱印の有無は不明。

足名椎命手名椎命を毎年襲った八岐大蛇が住んだとされる天が淵は、当社から川上に2-3キロほどのところにある。

『出雲国風土記』にある「河邊社」、『延喜式神名帳』にある「川邉神社/河邊神社(出雲国・飯石郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

創祀年代は不詳。奈良時代前期の天平5年(723年)の古文書に、須佐之男命奇稲田媛命の出産に伴い、その場所を求めた。

その際、当地に至り、「甚く久麻久麻しい谷なり」と言った地。「いたくくまくましきたになり」、つまり奥まった静かできれいな谷で、当地を産所に定めたと伝わる。

今でも産湯に使う水を取ったとされる井戸のことを「熊谷さん」と呼び、地名「熊谷」の起源となった。ちなみに、当地で生まれたのが八島士奴美神だろう。

平安時代の嘉祥4年(851年)、神階六位上に叙せられた。当時は、下熊谷の境の烏帽子山の麓、字松林の地に鎮座したが、後に中央の舟津の現在地に移転した。

往時は、境内25間四方、本殿より鳥居までの参道の長さ約64間(115メートル)あった。 明治5年(1872年)、村社に列した。

明治6年(1873年)、洪水により境内流出、その後堤防構築などにより、往時の壮大な境内の風貌は大きく変わった。

明治38年(1905年)、上熊谷地区に鎮座した正八幡宮、海原神社を当地に合祀、明治44年(1911年)、並列的に建てられていた三社を現在の相殿の形とした。

主祭神は駒形大明神とも呼ばれる、久志伊奈太美等与麻奴良比売命(奇稲田媛命)と、清之湯山主三名狭漏彦八島篠命(八島士奴美神)。

・久志伊奈太美等与麻奴良比売命(くしいなだみとよぬらひめのみこと)
・清之湯山主三名狭漏彦八島篠命(すがのゆやまぬしみなさるひこやしまじぬのみこと)

相殿に、正八幡宮の誉田別命(応神天皇)・気長足媛命(神功皇后)・足仲彦命(仲哀天皇)、海原神社の上津海童命中津海童命下津海童命の大綿津見三神。

例祭は11月1日で、例大祭・御神幸祭。祈年祭が4月1日、新嘗祭が12月1日。

その後、社殿の老朽化に伴い、昭和42年(1967年)11月、遷宮を執行し、今日に 至っている。境内には金刀比羅神社・八乗姫神社・若宮神社・八坂神社の合社がある。

なお、式内社「川邉神社」は当社に比定されているが、須佐神社の境外末社である厳島神社、尾崎の川辺社と呼ばれる奈倍山神社、並九神社、杉森神社が参考社とされる。

【ご利益】
縁結び、子授け安産、家内安全、厄除け長寿、受験合格など
河邊神社 島根県雲南市木次町上熊谷
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