津島の神を奉じた人々が奉斎、長太の大楠の大木神社を合祀
須伎神社 三重県鈴鹿市南長太栄町2-17-43
[住所]三重県鈴鹿市南長太栄町2-17-43
[電話]-

須伎神社(すぎじんじゃ)は、三重県鈴鹿市南長太栄町にある神社。近鉄名古屋線の長太ノ浦駅の近くに鎮座する。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「須支神社(伊勢国・河曲郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

創祀年代は不詳。上古に津島の神を奉じて南下した人々が、長太村に祠を建てて祀ったとされている。もともと舟路を守る神として近郊の崇敬を集めていたという。

安土桃山時代の文禄2年(1593年)に造営の記録が残る。江戸時代前期の元禄3年(1690年)、現在地に遷座した。

その後も、江戸時代中期の宝永6年(1709年)、元文4年(1739年)、宝暦3年(1753年)に造営の記録が残る。

江戸時代には「石津天王」「杉野明神」と称した。現社地は、周囲に濠をめぐらし、社殿は塚状の盛土の上にある。明治6年(1873年)、村社に列した。

明治41年(1908年)、大木神社など4社を合祀。この大木神社は、南長太町に自生する樹高約23メートル、樹齢1000年を越えるとされるクスノキそのものだという。

「長太の大楠」と呼ばれ、当社有地であり、当社の御神木。県の天然記念物に指定され、県下初の「景観重要樹木」に指定されている。

この大木神社は、『延喜式神名帳』にある「大木神社(伊勢国・河曲郡)」に比定される式内社(小社)の論社。

なお、式内社「大木神社」の論社は他に、市内石薬師町の式内同名神社と、北長太旭町の飯野神社が合祀したもの、林崎町の久々志弥神社の飛地境内社がある。

一方、御巫清直は当社について、北長太村字花ノ木に鎮社した棒神社だと推定、棒神社は宇気比神社と合殿で、明治41年に北長太旭町の飯野神社に合祀された。

当社の御祭神は、建速須佐之男命伊邪那美命・速玉之男命・予母都事解之男命・磯羅神・大宜都比売命正哉吾勝勝速日天之忍穂耳命熊野久須毘命天之菩卑能命多紀理比売命天津日子根命市寸島比売命活津日子根命多岐津比売命大山津見命を合祀する。

氏子地域は南長太栄町区域。例祭は10月8日。祈年祭や、3月第1日曜日には初午祭が、6月30日と12月31日には大祓がある。境内社に興国稲荷社がある。

なお、陸奥国黒川郡にも同名の式内社がある。論社に、宮城県黒川郡大衡村駒場の須岐神社、大和町宮床の鶴ケ峯八幡宮の境内社である鳴上賀茂明神宮、同八幡宮合祀の賀茂明神がある。

【ご利益】
厄災除け、病魔退散、リフレッシュ
須伎神社 三重県鈴鹿市南長太栄町
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