鶴嶺・鶴岡の両八幡の元宮である懐島八幡宮、旧地は桜の名所
[住所]神奈川県茅ヶ崎市矢畑142
[電話]0467-82-6725 - 鶴嶺八幡社

本社宮(ほんしゃぐう)は、神奈川県茅ヶ崎市矢畑にある神社。現在は鶴嶺八幡宮の兼務社で、当宮の御札は鶴嶺八幡宮で頂ける。御朱印の有無は不明。

当宮は、平安時代の長元6年(1030年)、平忠常の乱を鎮圧するため東征した源頼義が、懐島郷矢畑村に京都石清水八幡宮を勧請して、懐島八幡宮を創建し、戦勝祈願を行ったことに始まる。

陸奥守となり、前九年の役に向かった頼義は、長子の八幡太郎、源義家と再度当宮で戦勝を祈願した。

その平定後、当宮を鎌倉由比郷に勧請し、現在の鶴岡八幡宮の前身となる宮を創建したと伝わる。鶴岡八幡宮が現在地に遷座し、整備されたのは源頼朝による。

義家は後三年の役の折、懐島八幡宮に祈願して、反乱を平定した。神恩に感謝した義家は、寛治3年(1089年)、隣郷の浜之郷に社領を寄進して、鶴嶺八幡宮を創建した。

これにより、懐島八幡宮と呼ばれた当宮は現社号に改められ、以来、矢畑村の鎮守として崇敬されてきた。

一方で、『新編相模国風土記稿』浜之郷村の条の鶴嶺八幡宮の項に、「長承2年(1133年)、筑紫宇佐鶏足寺の僧が八幡本地種宇の正体を奉じて祀る」とも記述されている。

江戸時代中期の享保2年(1717年)からの祭典は、氏子総出で、超大幟を立てるなど盛大に行われてきたという。

江戸時代後期の天保年間(1830年-1844年)、現在地の南隣に遷座したが、大正12年(1923年)の関東大震災を経て、昭和2年(1927年)に現在地に再遷座した。

その旧地には、現在も本社宮跡として残り、桜の名所となっている。

当宮の御祭神は誉田別命(応神天皇)。例祭は9月5日で、神輿渡御などが行われる。渡御ではレディースタイムなどを設け、独自の取り組みが行われている。

当宮は、毎年7月の海の日に神奈川県茅ヶ崎市西浜海岸で行なわれる浜降祭(はまおりさい)に参加する一社である。

【ご利益】
厄災除け、武運長久・勝運、地域安全
本社宮 神奈川県茅ヶ崎市矢畑
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