平安期創建、江戸中期の珍しい三間社流造り本殿、10月に例大祭
[住所]東京都青梅市梅郷6-1220
[電話]0428-76-0322

下山八幡神社(しもやまはちまんじんじゃ)は、東京都青梅市梅郷にある神社。近代社格では村社。御朱印の有無は不明。

平安時代の長久2年(1041年)に創建されたと伝わる。もとは下山八幡宮などとも称した。下村、現在の梅郷の鎮守として崇敬された。

安土桃山時代の天正19年(1591年)11月、徳川家康より社領5石を付与され、江戸時代初期の元和3年(1617年)3月19日の朱印状に「武蔵国多麻郡下山村の内五石ノ事」とある。

江戸時代前期の明暦年間(1655年-1658年)、玉川上水に取立の際、相殿に玉川明神を勧請した。

江戸時代中期の寛保2年(1742年)2月14日、大風により破損したが、宝暦5年(1755年)8月に再建された。

この際の本殿が現存する。社名の起源になったと思われる下山を背後に擁し、三間社流造り、こけら葺型銅板葺、桁行4.4メートル、梁行2.8メートル、一部弁柄漆塗り。

現在の立川市にあたる立川村の大工棟梁中嶋七兵衛清重らによるもので、江戸期の本殿の多くは一間社流造りであるのに対し、都内でも極めて数少ない、貴重な建築。

本社殿内には、宝暦5年の棟札と寄進覚の板札2枚があり、建築の事情・経過をよく示している。

なお、本殿屋根は昭和59年(1984年)の修理に伴い、瓦棒鉄板葺より現在のこけら葺型銅板葺に改修されたもの。この本殿は市の有形文化財に指定されている。

『新編武蔵風土記稿』下村の条にも「八幡社」とあり、「小名下村の鎮守なり、神主は榊田要人とて、入間郡北野村天満宮の神主栗原左衛門が支配に屬せり」などとある。

幕末の安政6年(1859年)7月、多摩川に大洪水があり、ところどころ山崩が発生、連日水澄まず、これによって「御上水清浄之祈禱」をなし、神札を寺社奉行に奉納した。

明治4年(1871年)、八幡神社(八幡大神)に改号、明治6年(1873年)には村社に列した。

御祭神は誉田別天皇(応神天皇)。大鷦鷯天皇(仁徳天皇)、広国押武金日天皇(安閑天皇)、美都波売命を相殿に祀る。例祭は10月15日。現在は、10月第3土・日曜日に行われている。

この例大祭では、最初に市の無形文化財に指定されている梅郷三匹獅子舞が行われ、宮司ほかによる雅楽が奉納される。優美な雅楽の舞も舞われる。

その後、「基男一座」奉納公演がある。第一部が9名による舞踊ショーで第二部が8名による時代劇人情芝居「天保水滸伝」。

続いて名物のカラオケ大会が行われる。参加者は男女15名ほど。次に中郷・下郷有志による民謡踊り。そして最後がお囃子。

社宝に、鎌倉時代の弘安4年(1281年)2月28日、蒙古襲来の時に後宇多天皇が敵国降伏勅額のため奉納したと伝えられている神鳩の木彫、明和3年(1766年)の作とされる神像がある。

境内面積は1306坪(4310平方メートル)である。境内社に、『新編武蔵風土記稿』にも記載された稲荷神社と、薬師神社がある。

【ご利益】
厄災除け、地域安全、家内安全、五穀豊穣、諸願成就
下山八幡神社 東京都青梅市梅郷
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