大澤八幡神社の旧地は、縄文期からの聖地? 丁重な祭祀続く
[住所]東京都三鷹市大沢5-1-16
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古八幡社(ふるはちまんしゃ)は、東京都三鷹市大沢にある神社。古八幡神社とも。現在は國領神社の兼務社。御朱印の有無は不明。

安土桃山時代の慶長年間(1596年-1615年)、鎮守として、京都石清水八幡宮を勧請して創建された。

正八幡宮と呼ばれたこの社は、江戸時代初期の元和2年(1616年)、僧長祐が長久寺開山とともに当地近く、羽澤の地に遷座、改めて大澤村の鎮守とした。

これが現在の大澤八幡神社である。大澤八幡神社の創祀の地、その旧地に当社が現在、鎮座する。当社名は、この由緒を伝えたものと考えられている。

なお、大澤八幡神社が当社の、現在地より遷座したのは、江戸時代になる前の慶長3年(1598年)ともされる。

当社の御祭神も応神天皇。旧地に同じ神が祀られるのは珍しいケースではないが、当社地については、中沢新一『アースダイバー』で下記のように触れられている。
いまICU(国際基督教大学)のある高台には、このあたりでも有数の縄文の村があったが、そこから森を抜けて野川に近づいていくと、川が大きく湾曲して典型的なミサキの地形をつくりだしている地点に、おあつらえむきのように『古八幡』の神社が建っている。
ぼくの想像では、かつてここには男根のかたちをした石棒を祀った、このあたりの中心的な聖地があった(はずである)。

川に向かって突き出した『さきっぽ』の地点につくられた聖地で、人々はなにを祈ったのか。

小さな社殿の縁先にお多福人形。・・・そこにはぷっくらとした女性器が隠されていた。
男根・女陰などの性信仰に関しては、憶測の域を出ないが、地理的な指摘に関しては、説得力があり、縄文時代からの何らかの聖地だった可能性のある地ということができる。

現在、社地は極めて狭いが、もとは9月1日、現在は8月最終土・日曜日に行われる例大祭では、今でも立派な神輿の巡行があり、大澤八幡神社よりも多くの人が参加しているようにも見える。

通常、旧地から遷座したものが主、旧地に残ったものが従とされるケースが多い中で、当社の場合は、社地が極めて狭くなった現在もなお、「なぜか」丁重に祀られ続けている。

【ご利益】
厄災除け、家内安全、地域安全
古八幡社 東京都三鷹市大沢
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