室町期に下総から移り住んだ神職家の祖が創立、寛永の棟札など現存
[住所]東京都江戸川区西小松川町1-3
[電話]03-6231-9772

西小松川天祖神社(にしこまつがわてんそじんじゃ)は、東京都江戸川区西小松川町にある神社。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

荒川と中川が合流する手前の、並行して走る、中川の東岸に鎮座する。詳細な創立などの由緒は、水害のために書類を流出しており、不詳。

室町時代の康正2年(1456年)、当社神職家の祖先秋元刑部左衛門橘瀧次が仕えていた下総国千葉家より当所に引き移り、神職を務め、子孫代々奉仕してきたという。

旧西小松川村の鎮守で、御祭神は天照大御神。明治初頭までは神明社と称していた。

『新編武蔵風土記稿』西小松川村の条にも「神明社」とあり、神主秋元式部は吉田家の配下なり」とある。

明治5年(1872年)、村社に列した。現在までに、相殿に経津主命武甕槌命を祀る。

当社は、神明造りの社殿で、氏子有志の浄財をもってたびたび社殿を改築し、その都度の棟札を現在まで保存している。

寛永5年12月(1628年)、享保14年10月(1730年)、宝暦4年3月(1754年)、昭和30年(1955年)の5枚の棟札がある。寛永5年の棟札の表面には、下記のようにある。
奉遷宮唯一神道天下泰平氏子繁昌之候

天下領三代将軍大御所様家康様 公方様秀忠様 当将軍家光様 御手代伊那半拾郎殿 目代富田半右衛門 目代宇田川喜衛 当村名主宮甚左衛門 氏子惣百姓 神主秋元民部少輔橘基忠
現在の社殿は、幕末の慶応3年(1867年)に造立されたもので、昭和30年に増築したものが基礎になっている。

平成13年(2001年)、宮司・氏子総代・町内氏子有志の浄財をもって、本殿の土台を始めとする全面改修工事を実施し、平成14年(2002年)5月に落成式典が行われた。

境内社に、『新編武蔵風土記稿』の記載通り、文化5年6月(1808年)に創建された稲荷神社と、疱瘡神社があるが、ともに平成13年の改修工事の時に新築された。

近隣の秋元邸内には「四つ股の道標」がある。四つ股とは、旧行徳道と旧千葉街道の交差点で、現在の小松川端の少し上流の、中土手寄りの地点にあった。

この道標は、文化2年(1805年)に建立された。しかし、大正2年(1913年)の荒川開さくにより、現地保存が不可能となり、当社隣接の庭内に移転した。

頭部の覆蓋は失われてしまったが、願立は加納惣内で、高さは台座から179センチと小形ながら、四面に銘文が刻まれているのは、区内では異色で珍しいものだという。

銘文には、大山石尊大権現秩父三峰山大権現讃金毘羅大権現遠州秋葉山大権現とあり、当時の信仰の方向性が垣間見えて興味深い。

【ご利益】
家内安全、病気平癒、厄災除け、交通安全、産業振興
西小松川天祖神社 東京都江戸川区西小松川町
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西小松川天祖神社 東京都江戸川区西小松川町の御朱印